北米沖縄県人会、創立100周年祝う:次世代へ引き継ぐ沖縄人スピリット

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伝統の琉球舞踊を披露する沖縄芸能部のメンバー

伝統の琉球舞踊を披露する沖縄芸能部のメンバー

 創立100周年に当り、文化祭、講演会、討論会、琉球王朝絵巻ミュージカルなどさまざまな祝賀行事を進めてきた北米沖縄県人会(比嘉朝儀会長)は8月29日、トーレンス市内のホテルに600人余の会員のほか、招待客らを招いて、盛大に祝賀記念式典を挙行した。
 琉球の伝統文化を通じ、強い団結力で同郷人としての絆を深めて100年。最初の沖縄移民から数えると120年余の歴史があり、記念式典にはブラジル、ボリビア、メキシコ各国の県人会、ハワイ州など全米各地の県人会、さらに沖縄県から代表団もお祝いに駆け付けた。
 プログラムの二式では「いちぬ〜いちまんでぃん」(世代から世代へ)の県人会テーマを心に、三線、箏、太鼓の調べに合わせて琉球舞踊、民謡が次々と披露され、賑やかに華やかに創立100周年を祝った。  
800家族、2000人超のメンバーを抱える北米沖縄県人会。ウチナーンチュ(沖縄人)の血は他県人より濃いのかどうか定かではないが、イチャリバチョーデー(一度出会えば、皆兄弟)の精神が尊重されているのは確かなようだ。
 創立100周年祝賀記念式典の会場となったトーレンス・マリオット・サウスベイホテルに続々と詰めかけてくる会員たち。親戚兄弟姉妹のように、似た顔の人が多いのはそのせいなのだろうか。決して口達者の人が多いわけではないが、気心知れた者同士ならば話が弾むのが県民性の一つに挙げられているほどに、会場内で立ち話をする人が多く、なかなか着席しない。開会時間は大幅に経過しているのに、式典は始まりそうにない雰囲気。広い祝典会場には熱気が溢れ満ちている。
 予定時間を40分過ぎて、司会者がやっとプログラムの進行に入る。それでもまだ、入り口付近には人だかりがして、遅れて到着する人が後を絶たない。「沖縄時間」はアメリカでも一つの「文化」として定着してしまったのかもしれない。
 それはともかく、国歌斉唱のころにはやっとざわつきも収まり、県人会を代表して比嘉朝儀会長があいさつに立つ。
 多くの先人たちの努力に敬意を表し、会員たちの協力で100周年を祝う式典を開催できたことに感謝の言葉を述べ、伝統の琉球文化や沖縄スピリットを次の世代へ継承していく大切さを再確認して、県人会活動に最善を尽くしていきたいとの趣旨を力強く語った。
 県人会の沿革紹介では、100年の歴史を数分で説明するのは困難としながらも、國吉信義さんが、①県人の歴史書を作成し、先人の苦労と感動の歴史をまとめた②大戦後に在米沖縄救済連盟及び復興連盟を発足して、ふるさとの再建のため心を一つにして努力した③ガーデナ市に会館を購入して、県人会全般の活動拠点を誕生させた—の3点を特筆すべき活動に挙げて、100年の歩みを紹介した。
恒例の鏡割りの儀式。舞台上の2カ所に大樽が供えられ、伊原総領事(右から2人目)らにより泡盛の蓋が開かれた

恒例の鏡割りの儀式。舞台上の2カ所に大樽が供えられ、伊原総領事(右から2人目)らにより泡盛の蓋が開かれた

 仲里全輝沖縄県副知事、高嶺善伸県会議長、伊原純一在ロサンゼルス総領事、宮崎マック南加県人会協議会会長、半田俊夫南加日商会頭らによる祝辞が続いて、恒例の鏡割り。
 楽しいときも悲しいときも、常に泡盛とともにあるとされる沖縄文化。日本最古の焼酎の一つに挙げられる多良川の「琉球王朝」と「久米島の久米仙」の大樽がこの日のために沖縄から運び込まれた。
 昼餐をはさんで、高齢者、功労者に対する感謝状贈呈が行われ、合わせて142人が表彰された。受賞者の多いことは、それだけ県人会活動に積極的に参加している人が多いことの証明で、南カリフォルニアに41ある県人会の中でも、組織的にもしっかりと地に着いた活動が100年にわたり続いてきたことを物語っていると言えそうだ。
 二世から三世、四世へと受け継がれているウチナーンチュ・スピリットは次世代に着実に継承され、アメリカの地でも立派な花を咲かせている。  【石原 嵩、写真も】
祝賀式典で感謝状を贈られた県人会幹部のみなさん。左から8人目が比嘉朝儀会長

祝賀式典で感謝状を贈られた県人会幹部のみなさん。左から8人目が比嘉朝儀会長

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