上杉武夫氏に勲章授与:瑞宝中綬章ー日本庭園の普及・発展に寄与

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伊原純一総領事(左)から賞状を受け取る上杉氏

 日本政府の平成22(2010)年春の叙勲で「瑞宝中綬章」を受章したカリフォルニア州立ポリテクニック大学ポモナ校名誉教授で造園設計士の上杉武夫氏に対する伝達式が21日、ハンコックパークの総領事公邸で行われた。叙勲は米国における日本庭園の普及・発展に寄与した功績が高く評価されたもので、伊原純一総領事から勲章と賞状が授与された。
 上杉氏は再渡米した1970年以来40年間、同大学で教べんをとる。「世界の日本庭園にしたい」との信念を貫き、現場に出て庭職人とともに汗を流しながら日本庭園の研究・実践に没頭。日米文化会館内の清流苑、サンディエゴのバルボア公園内の日本友好庭園をはじめ、著名な日本庭園を多数手掛けてきた。

「瑞宝中綬章」を授与された上杉氏

 デザイン分野において特に高い評価を得ており1981年、当時のレーガン大統領夫人からの全米造園技術賞をはじめ数々の受賞を重ね、2001年には日本庭園を基調とした理論、設計、施工技術の発展に尽くした功績が認められ、アメリカ造園家協会より「フェロー」の称号を授与された。
 この間、後進の指導・育成にも力を注いだ。同大学の環境デザイン学部造園学科への日本庭園に焦点を当てた米国唯一の講座設置に尽力し、講座開設後は主宰してきた。同講座は、これまでに約1000人の卒業生を輩出。現在、米国各地で若手造園家が活躍しており、裾野も確実に広がっている。
 伝達式であいさつに立った伊原総領事は、上杉氏の日本庭園に対する献身を紹介し、「卓越した造園技術を持ち、その指導を実践している」と称賛した。
 
不屈の「チャレンジ精神」
地域に根ざした庭園づくり

 上杉氏が渡米した1960年代半ばの日本庭園は、戦争の影響や人種偏見が依然残り、「エキゾチックな変わった庭」などと、蔑視されたこともあった。普及活動に身が入ったのは「何とかして地域社会に定着させたい」という不屈の「チャレンジ精神」がそうさせたという。
 米国人のライフスタイルに合わせるため、日本庭園の「アメリカ化」を進めながらも園内の売店設置などの要望などに断固として拒否、日本庭園の基礎を守ってきた。日本庭園の海外での広まりを「日本文化の伝統を守りながら、現地の人々のことを考えて設計しているため」と力説する。
 恩師(多くの米国人教授)の教え「公共の場のみんなのための造園」を実践しながら、学内に留まらず外に出たことで「社会との結びつきができた」ことが財産だ。清流苑のプロジェクトは、日系社会のパイオニアらと共同作業したことで「『日系人の魂』が伝わり引き寄せられた」。使命感に駆られ、造園に生かすことができた。
 実家は大阪に14代続く植木屋。「DNA(遺伝子)に組み込まれた」という「職人魂」を受け継ぐことを大いに誇り、「同業者」の南加庭園業連盟と密接に連携。知恵を出し合って「植木職人のスピリットをアメリカでどのように植え付けるか」を模索する。
 叙勲に「まだまだ(未熟)」と謙虚するが、仕事を通じ「日米の懸け橋役になれた」と自負。「造園を学ぶ学生は世界にいっぱいいて、若い人に伝えたい。期待されていてその役割を担っている」と技術伝承に意欲を燃やす。
 「『人』と『庭』は相関関係にある」が持論。現場に出たコミュニティーの人々との庭園づくりはこれからも続く。【永田潤、写真も】

受章の乾杯で愛妻の弘子さん(左)とグラスを合わせる上杉氏


上杉氏の叙勲を祝った参列者ら

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