シリーズ「骨髄移植の真実③」:リスクを知って決断を、新原医師「ドナーは尊い存在」

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 イベントプランニング会社を経営する傍ら、羅府新報でオンライン・プロジェクトマネジャーを務める日系3世のランディー・マサダさんがA3Mを通じてドナー登録をしたのは、7年ほど前。日系バスケットボール大会の会場でだった。「特に詳しい知識があったわけじゃないが、友人の弟が白血病になって骨髄移植を受けて助かった話を聞いていたので、純粋に自分でも何か協力できることがあればと思って登録した」
 連絡が来たのは今年に入ってから。その旨を家族に話すと、「私たちはあなたの決断を支持する。例え辞退すると決めても、見下したりなんてしない。自分が納得いく決断を下しなさい」と、全面的にサポートしてくれたという。
 「自分の中ではドナーになろうという気持ちが強かったから、迷いはなかった」。全米骨髄バンクから渡された資料に目を通し、手術やリスクなどの理解を深めた上で、ドナーになる旨を伝えた。血液検査、健康診断、採血など計5回クリニックへ足を運んだ結果、移植するに十分な適合率だったため、手術日が決まった。
 マサダさんの骨髄とマッチしたのは、60代のアジア系女性だった。手術は、全身麻酔で腰の骨から骨髄を採取する昔ながらの手法。「迷いは一切なかったが、手術の数日前から全身麻酔の心配や患者さんの健康状態などを考えたら緊張し始め、前日はあまりよく寝られなかった」
 
移植で助かる率は50%
患者のリスクは拒絶反応

 
 内科、血液、腫瘍を専門とするUCLA医学部教授で、鎌形赤血球病治療薬の開発に務める新原豊医師によると、発症から5年間の大人の生存率は、急性りんぱ性白血病で40%、急性骨髄性白血病で20%と非常に低い。骨髄移植により助かる確率は、患者の年齢や健康状態、病気の進行によって異なるが、40歳未満の急性骨髄性白血病患者の場合、生存率は50%という。
 患者のリスクは、移植前に施される抗がん剤や放射線による吐き気や体の疲れ、抜け毛、粘膜炎、皮膚炎、臓器障害などが挙げられる。そしてもっとも怖いのは、移植後の拒絶反応だという。
 「一般的な臓器移植の場合、患者さんの体が新しく移植された臓器を拒絶するが、骨髄移植の場合はその逆で、骨髄自体が免疫であることから、新しく移植した骨髄が患者さんの体を拒絶してしまう。そのため、患者さんの体への負担が非常に大きい」という。拒絶反応を抑えるため免疫抑制剤を使用するが、免疫力が衰えるため感染症にかかりやすくなる。その上、拒絶反応がひどい場合は皮膚がぼろぼろになり、臓器を含む体内の至るところに潰瘍ができ、全身やけどを負ったような症状がでることもあり、移植後最初の100日間が非常に重要だという。
 ただ、ある程度の拒絶反応は必要という。「拒絶反応があることによって、抗がん剤では殺しきれなかった白血病の巣を完全に殺すことができる。巣が残っていると再発の可能性が高くなる」。また、腎臓移植などの場合、一生免疫抑制剤を飲み続けなければならないが、骨髄移植の場合はうまくいけば1年ほどで落ち着くという。
 
 ドナーのリスクとは

腰の骨から骨髄を抽出する骨髄移植


 腰の骨から骨髄を抽出する骨髄移植の場合、一番のリスクはやはり、全身麻酔。少ないとはいえ、死亡率は現在で100万分の3~5。また注射針や傷口からによる感染症が上げられる。一方PBSCTの場合は、大きなリスクは特にないという。
 新原医師は、「どんな手術や治療であれ、リスクとベネフィットをしっかりと理解してドナー本人が最終決断を下すべき。周りの人がプレッシャーを与えるべきではない」とアドバイス。その上で、「(医師の立場から見ても)ドナーは非常に尊い存在。そのひと言に尽きる」と感謝の言葉を述べた。
 
「決してあきらめるな」
ドナー ランディー・マサダさん

 

骨髄を提供した患者に会えるのを楽しみにしていると話すマサダさん


 腰の骨から骨髄を抽出する骨髄移植のドナーになることを決意したマサダさんは、これらリスクを理解した上で、あらためてドナーになることを「A3M」に伝えた。全身麻酔のため、前日夜中から飲食を避け、午前6時半に病院に到着。その後さらなる検査を行い、手術を受けた。
 「術後は、寝返りが打てない、すり足で歩く、腰をかがめることができない、トイレに行くのが困難といった状態で、鈍い痛みがある程度だった。例えると、ゴルフのスウィングをしすぎて腰が重たく感じる状態に近かったかな」。マサダさんは10日間ほどの休みをとったが、実際にベッドに寝ていたのは数日間で、後は自宅で仕事をしていたという。
 「もちろん運動などはできなかったが、術後5日間ほどで普通に生活ができるようになった。完璧に元の状態に戻ったと感じたのは、やはり10日後くらいからかな」。マサダさんの場合、腰の痛みよりも、全身麻酔の時にのどの中に装着されたチューブによる痛みの方が大きく、2、3日は食事がのどを通らずスープを飲んで過ごしたという。
 これだけの時間や体力的な犠牲を払ってまでもドナーになることを決意した理由を、「誰にでもセカンドチャンスは与えられるべきだと思ったから」とマサダさん。「子供のころからバスケットをやってきて、コーチも務めた。その中で学んだことが、Never give up(決してあきらめるな)。つらい治療に耐えている患者さんに、生きる希望を失うな、あきらめるな、まだチャンスはあると伝えたかった」
 術後間もないマサダさんには、レシピアント(移植手術を受けた患者)のその後の情報はまだない。「近いうちにアップデートがあるはず。今はとにかく、すべてがうまくいっていますようにと祈る気持ち。彼女が元気になってくれたら、来年ぜひ対面したいと思っている」
【取材=中村良子】
 
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