シリーズ「骨髄移植の真実④」:突然襲いかかった病魔、生き証人としてドナー登録呼びかけ

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 ジムに通い、バランスの取れた食事を心がけ、健康そのものだったサンホゼ出身のマシュー・ヌエンさんの体に異変が起こったのは、薬剤師を目指しバージニア州の薬科大に通っていた06年。「気付いたのは、チョコレートを食べた後の腫れと意味なく体にできるあざ。でも、初めは住み慣れた土地を離れて違った環境に住んでいるせいだと気にしなかった」
 しかし、その後も体調は悪化。インターンのため加州に戻った時、体力の著しい低下と顔色の悪さを家族に指摘され、インターンが始まる前日、突如ものすごい勢いで鼻血が出た。子供のころよく鼻血を出していたため、初めは気にしていなかったが、一時間しても止まらず、ついに緊急救命室へ向かった。

化学療法をはじめ、さまざまな投薬を受けるヌエンさん

 血液検査後、周りにいた医師や看護師が突然マスクを付け、ヌエンさんを隔離。「ただごとではない」と思った通り、ヌエンさんの血液には血小板がほとんど残っておらず、白血球と赤血球の数値も異常に低いことが分かった。そして、急性骨髄性白血病と診断された。「入院先は皮肉にも、薬剤師のインターンとして働く予定だった病院だった」。24歳の時だった。
 それから16カ月間、さまざまな感染症に侵されながらも、計5回の化学療法に耐え、08年8月、ついにがんを克服した。勝利を祝福する意味で、トレーニングを重ね、翌年2月、100マイル・バイクマラソンを完走した。「やっと自分の人生を取り戻したという感じ。とにかく、生き生きとすがすがしかった」
 
そして、がんの再発…
生きる道は骨髄移植のみ

 
 3日後、医師からがんの再発を告げられた。「受け入れられなかった。人生のすべてを保留にし、つらい治療と感染症にも耐え、完璧に打ち勝ったと思ったのに。やっと自分の人生を取り戻せたと思ったのに…」。医師はヌエンさんの隣に座り、力いっぱいハグした。ヌエンさんの頬に、大粒の涙が流れた。
 残された生きる道は、骨髄移植のみ。すぐドナー探しが始まったが、ベトナム系のヌエンさんの適合者は見つからなかった。そこで、アジア系にドナー登録を呼びかけるキャンペーン「チーム・マシュー」を家族や友人らと開始。多くのアジア系が登録し、2回目のサーチでは適合の可能性として複数がヒット。さらなる検査の結果、ついにパーフェクトマッチのドナーが見つかった。再発から4カ月後の6月だった。
 
姿を消したドナー
 

ドナーから提供された骨髄を移植されるヌエンさん。右は父親のトゥリさん

 ヌエンさんの骨髄と適合したドナーは、移植手術に同意したものの、手術は8月以降にしてほしいと申し出た。ヌエンさんはドナー探しを打ち切り、8月を待った。その間、一時危篤状態に陥るなど不安定な状態が続いたが、幸い一命を取り留めた。
 そして約束の8月。医師から突然、「ドナーが骨髄バンクから登録を抹消し、連絡が取れない状態になっている」と告げられた。理由は誰にも分からない。
 「激しい怒りを覚えた。彼女の言葉を信じてドナー探しを中断し、貴重な2カ月を失ってしまった。サーチを続けていれば、他にも適合者が見つかったかもしれなかったのに」。初めは、ドナーがただ単に時間稼ぎをしたかったためだろうと思い、怒りを覚えたヌエンさんだったが、「ネガティブに考えるのは自分のためにも良くないし、希望は失いたくなかった。彼女には、骨髄を提供できない理由があったのかもしれないと思うようにした」
 3回目となるドナー探しが始まった。全米のみならずアジア圏の骨髄バンクも調べた結果、中国と米国に一人ずつ適合者が見つかった。2人とも前回のようにパーフェクトマッチではなかったが、医師はゴーサインを出した。
 「心の中では飛び上がるほど嬉しかったけど、前回のことがあるから表に出さなかった。すべてが終わるまで周りには黙っていたんだ。前のように落ち込むのはうんざりだったから」
 そして昨年秋、米国在住24歳の女性ドナーの骨髄が、ついにヌエンさんに移植された。ヌエンさんは、新たに生まれ変わったこの日を、「第二の誕生日」とした。
 
感染症との闘い
 

骨髄移植前に投与された化学療法による感染症。免疫力が低下し、体中の皮膚がぼろぼろになり、水ぼうそうのような症状を発症した

 骨髄移植を受ける前に投与される化学療法や移植により、多くの患者が感染症や拒絶反応を経験する。ヌエンさんも例外ではなかった。肌のかゆみ、乾燥、変色、発疹、口内炎、また情緒の変化などがみられ、中でも一番つらかったのが口内炎だった。「食事をするたびに口内炎が増え、食事は楽しみではなくなり、毎日行わないといけない作業へと変ってしまった」
 感染症は続いている。「いまだに皮膚に発疹が出ているが、体調はいい。ただ、以前より免疫力が落ちているのですぐに風邪を引くようになってしまった」
 数えきれないほどの化学療法、がんがなくなり、保留にしておいた人生を取り戻せたと思った瞬間の再発、パーフェクトマッチのドナーが見つかっていながら、移植手術直前のキャンセル、術後の感染症―これだけ苦しみ続け、それでもヌエンさんが生き続けようと思った理由は一体何だったのか。
 「家族と友人がいてくれたから、絶対に生き続けないといけないと思った。『あきらめる』という選択肢は自分にはなかった。また、例え適合者が見つからなかったとしても、自分の経験を聞いてドナー登録してくれる人がいる限り、他に苦しんでいる患者さんを一人救うことができるかもしれないという喜びが、生きるという活力につながったんだと思う」
 
24歳の僕のドナーへ
「命をありがとう」

 
 ジムに通い、バランスの取れた食事を心がけ、たばこもドラッグもしたことのないヌエンさんが急性骨髄性白血病を発病したことで、「誰にでも起こる病気だと分かってもらいたい」。A3Mを通じてドナーを見つけることのできたヌエンさん。皮肉なことに、病気になる前、自身もドナー登録を済ませていた。「当時は人助けをしたいと思って登録したけど、まさか逆の立場でお世話になるとは思ってもいなかった。ドナーが手術で感じるちょっとした不快感は、病気と闘い命を失いかけている人を救うことができる。僕がその生き証人だよ」
 ヌエンさんは、骨髄を提供してくれた24歳のドナーに会えるのを今から楽しみにしている。「彼女に言える言葉はたったひと言だけ。『ありがとう。僕の命を救ってくれてありがとう』。後は、僕が生きているということ、そしてこの幸せいっぱいの笑顔を見てもらえば、僕の感謝の気持ちは伝わると思う」
 「これからの人生? 普通に自分の人生を生きられることが楽しみで仕方ないんだ。みんなと一緒に、普通に年をとっていきたいな」
(シリーズ終わり)【取材=中村良子】
 
 
「A3M」=全米骨髄バンクと協力し、リトル東京サービスセンター内に99年設立。アジア系をはじめ、マイノリティーを対象に、骨髄移植の情報を提供、ドナー登録を呼びかけている団体。電話888・236・4673または、日系コーディネーターの永田さんまで、電話213・625・2802(内線103)。ホームページは―
www.A3Mhope.org
「全米骨髄バンク」=ミネアポリスに事務所を置く全米最大の骨髄バンク。電話800・627・7692。ホームページは―
www.bethematch.org
クリッシー・コバタさん=「骨髄異形成症候群」(MDS)と診断され、現在ドナーを探している。ホームページは―
www.teamkrissy.com
マシュー・ヌエンさん=急性骨髄性白血病と診断され、昨年骨髄移植手術を受ける。今までの経緯、また現在の病状をホームページで紹介している。アドレスは―
www.teammatthew.org
 
シリーズ「骨髄移植の真実①」へ
シリーズ「骨髄移植の真実②」へ
シリーズ「骨髄移植の真実③」へ
 

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