「叱る」と「怒る」

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 この20年ほどのあいだに日本人がほとんど使わなくなってしまった言葉の一つに「叱る」がある。代わりに重宝がられているのが「怒る」だ。いまの日本人は、親や教師、上司などに「叱られた」とは言わずに「怒られた」と表現する。現代日本人の精神や思考のあり方を象徴する大きな変化といえる。
 「叱る」とは「良くない点をとがめ、いましめる」(現代国語例解辞典)行為だ。だから「叱られた」という言葉は、自分に「良くない点」があったことを自覚していなければ使わない。「叱られた」と言わなくなった日本人は、つまりは、自分の非を認めなくなっているといことだ。
 「怒る」とは「腹を立てる。興奮して気が荒くなる」(同)状態をさす。「良くない点」が自分にあろうと相手にあろうと、「怒る」人は「怒る」のだ。だから、自分の非を認めない人、認めたくない人は「叱られた」とは言わずに「怒られた」(相手がかってに気を荒げた)と言いたがる。
 子どもや生徒たち、部下の社員たちの大多数が「叱られた」と感じずに「怒られた」と信じるようになっている、つまりは、自分に「良くない点」があったかもしれないとは考えなくなっている、という現実は怖い。もし、親や教師、上司たちが子どもや生徒、部下たちを叱らなくなっているとすれば、それはもっと怖い。
 「新型うつ病」というのがあるそうだ。「うつ病で休職中であるにもかかわらず、海外旅行に出かけたり、自分の趣味の活動には積極的な人」や「うつ病なのに(うつ病に普通に見られる)自責感に乏しく、他罰的で、何かと会社とトラブルを起こす社員」など、いわゆるこれまでの「うつ病」のイメージとは、多少印象が異なるタイプのうつ病のことと説明されている(サイト「日本の人事部」)。
 日本人が「叱る」を使わなくなったことと「新型うつ病」の登場とのあいだに医学的な関連があるかどうかは知らない。だが、その二つが同時期に進行していることを無視してはならないと思う。言い回しの変化が、ついには人の精神や思考のあり方を転換させてしまうことがあるのだ。【江口 敦】

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