南加広島県人会:創立100周年で記念式典―総勢682人、盛大に祝う

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創立100周年の祝杯を挙げる県人会幹部と来賓ら。(左から)3人目が向井会長、右隣が湯﨑県知事

 1910年(明治43年)に創立した南加広島県人会(向井司・第49代会長、会員626家族)は10日、モンテベロのクワイエットキャノンで創立100周年記念祝賀式典を催した。来賓に広島から湯﨑英彦県知事、林正夫県議会議長など訪米団一行61人、地元からは伊原純一・在ロサンゼルス日本国総領事ら日系諸団体の代表者に加え、オレゴン、フレズノ、サクラメント、シアトル、デンバーの各広島県人会の代表ら総勢682人が出席し盛大に祝った。【永田潤、写真も】
 
次世代のための県人会
ヒロケンの役割が重要

 記念式典では、100年の歩みを振り返り故郷広島に思いを馳せたメンバーは、心を1つにし、会のさらなる発展のために力を尽くすことを誓った。県人会の向井会長、英語世代の若者で結成する県人会内のグループ「ヒロケン」のリーダー向井ケンさん、婦人会会長の上原スミ子さんがあいさつに立ち次世代のための県人会として、ヒロケンの役割の重要性を再確認した。

湯﨑県知事(左)と林正夫・広島県議会議長(右)から県人会への横断幕のプレゼントを受け取る向井会長(中央)

 向井会長は、激動の昭和を回想し原爆投下で荒廃した故郷に心を傷めながら平和の尊さを訴えた。県人会については、何千人が参加したというひと時代前のピクニックを懐かしんだ。「団結のシンボル」とされる広島県人会館が全額寄付により建設されたことに胸を張り、「県人の結束力」を強調。これらの「過去」と、「現在」である大勢が参加したこの日の祝典開催の協力に謝意を表した。「問題がある」とする「未来」については、会の高齢化(平均年齢70歳超)を懸念し、その対応策としてヒロケンの奮起を熱望した。
 ヒロケンの向井リーダーは向井県人会会長の二男であり、5年前に3人で発足させたヒロケンの活動を紹介した。「グループが期待されていることを肌で感じでいる」とし、会員増強で前進することを誓った。
 来賓が祝辞を贈り、県人会の100年の活動を称賛し、さらなる発展を祈念した。
 湯﨑県知事は「広島から移住し南加日系社会の礎を築いた県人は先駆者であり、困難を乗り越えて確固たる地位と信頼を築き、広島県の誇りである」と絶賛。終戦の3年後に県人会が行った県復興の物心両面の支援に対し「県民は決して忘れることはない」と感謝した。ヒロケンや青少年交流プログラムの参加者など若い世代の活躍に期待を寄せ、県人会の在り方を「心のよりどころである上に、米国と広島を結ぶ懸け橋として重要な役割を果たしてほしい」と望んだ。
 伊原総領事は、県人会を「南加の日系社会で主動的な役割を果たし、新しい試みを行ってきた」と話し、その1つの成功例であるヒロケンを称賛した。県人会のこれからの役割について、持論を交えながら当地の中国、韓国両コミュニティーの祖国との良好な関係を披露。「今の日本とどのように結びついているかが重要」と力を込め、日米関係の構築で一翼を担う活躍を願った。
熱唱する広島出身の演歌歌手竹川美子 福岡健二・南加県人協議会会長は「これからの未来のために」と、県人会に提言。平和の象徴の母県をモデルに「3世、4世、5世が平和を全面に押し出して活動すればいい」と力説した。
 各種表彰式が催され、広島県と広島県町村会、広島県坂町が県人会の功績を称え、賞状と記念品を贈呈。県人会は、長年にわたる活躍を認め功労会員に賞状を贈った。また、優秀な成績で高校を卒業し今秋大学に入学した広島系子弟に奨学金500ドルが授与された。受賞者は、ジェイソン・ウエキさん、リエ・マエハラさん、ジョナサン・サイショウさん、ポール・テラサキさんの4人。
 余興は、日本舞踊や民踊を鑑賞し、広島出身の演歌歌手竹川美子が熱唱し、世紀のイベントに花を添えた。県人会は現在、創立100周年の記念誌を編さんしており、記念式典の内容を盛り込んで1月下旬頃の発行を予定している。
 
同郷人と親睦深め100年
重んじる母県との絆

 広島県人会は1910年、南加で15番目の県人会として西本願寺仏教会の開教使宮本恵雲師を初代会長に創立した。28年に婦人会、30年に青年会が発足、35年にはエバグリーン墓地に慰霊塔を完成させた。同郷人との親睦は深まり規模を拡大したが41年に勃発した太平洋戦争で活動中断を余儀なくされた。46年には被爆者を追悼する一周忌を催している。48年、活動再開。強制収容所からの帰還、再出発という苦しい生活の中でも、被爆者への救援、県の復興のために多額の義援金を贈った。79年に現在の県人会館を新築。県との交流にも力を注ぎ、78年に始まった広大医師団による在米日系人の無料検診は今年で10回目を数え、県人会の協力で毎回多くが受診。97年に広島県国際交流海外派遣研修プログラムが始まり、県からの青少年研修団の歓迎会を催すなど交流は活発で、母県との絆を重んじている。同郷人と親睦を深め、今年2010年に創立100周年を迎えた。
 現在の活動の主要行事は1月の新年総会・親睦会を皮切りに5月のメモリアルサービス、6月のピクニック、9月の先亡者追悼法要、忘年会を催す。会館をフル活用し、カラオケ、頼母子講、理事会の月例ミーティングを開き、活動はほぼ毎週続く。その他、秋の県人会協議会主催の演芸会参加や、ラスベガス小旅行、梨狩り、チェリー摘みなどを行っている。 
 向井会長は、隆盛を誇った30、40年前の県人会を「広島県人は口が悪く、けんかもよくあったが、思いやりと人情味があって心がきれいだった」と懐かしむ。会の継続について「ヒロケンの発足が大きい。頑張っている」と評価しながらも「先輩が苦労して守ってきた会の歴史を保たなければならないが(実行は)難しい」と現実を直視。南加の県人会に共通する高齢化による衰退について「中国地方の4県が1つになり、会議は県人会館を利用すればいい」と合併を提唱。今後の活動としては「みんなのためになり、喜ばれるものをやりたい」と抱負を述べた。
 
期待の「ヒロケン」
日本、広島、日系社会に貢献

 5年前に発足した期待の「ヒロケン」。会設立の目的は、広島県人会の遺産を受け継ぐ、日系社会の発展に寄与、日本文化の継承―の3点。活動は広島に執着することはない。

スピーチを行うヒロケンの向井リーダー

 3世、4世などの若い日系人を中心に他人種の12人で構成する。JETプログラムの日本在住経験者5人など、みんな日本と広島を愛するメンバーばかりだ。役員を持たず、会長に相当するリーダーがまとめ役となる自由な会である。
 活動は、春の花見、チェリー摘み、二世週祭の七夕まつりに参加し焼きそばブース出店、マンモスの湖での釣り、忘年会、県人会の行事参加とサポートなどと多岐にわたる。
 県人会はこれまで多くの子弟に奨学金を贈ったものの、その後は受賞者が会にかかわることは稀だという。ヒロケンの中での奨学金受賞者は、向井リーダーのみ。ヒロケンは、過去の受賞者に勧誘を続けているが入会者はまだいないという。
 向井リーダーはヒロケンを「少数で活動しているので、難しいことが多い。でも活動を継続することで日本と、広島、日系社会の役に立ちたい」と抱負を述べる。

湯﨑県知事(後列左から4人目)とあいさつを交わしたヒロケンの若いメンバーら。後列左から2人目が向井リーダー


各受賞者に500ドルが贈られた奨学金の授与式


広島県から表彰を受けた県人会の高齢者と功労者

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