純な心

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 姉がマラソン大会の出場にあたり、年老いた両親も応援しに来る「最後の家族旅行」とのことで数カ月前マウイに出かけた。10年程前、初参加の際は団体ツアーの一員だったので、すべてのスケジュールが組まれ、バスで移動しての応援も手配され、心配しなくてよかった。ところが今回は個人参加だ。のん気な姉は、宿泊ホテル、登録場所、スタート&ゴール地点を全く確認していない。移動やわれわれの応援の段取りも準備ゼロだ。
 海岸沿いの小さなホテルに無事チェックインまではいいが、「動ける足」が必要なのでフロントに聞いた。レンタカーサービスなし。結局、また空港近くのレンタカー屋に戻らねばならない。
 ロビーで両親は立ちっぱなし、姉と僕は立ち往生。タクシーを呼ばなきゃと、その時、そばで状況を傍観していたブロンドの長い髪の奇麗な中年の女性が、私の車で送るわと誘う。背が高く、真っ白なスーツが似合う。近くに止めている高級車までさっそうと歩き出す。腕に書類を抱える。怪訝(けげん)な感じだが、とりあえず姉と二人で乗り込んだ。走り出し、レンタカー屋の業者ですか? と聞くと、ノーの答え。空港に行く用事のついでに? 違う、と。どこから? フィラデルフィア。いつ着ていつ帰る? 今日到着で明日の早朝戻る。何人で? 独り。お仕事は? 某社の人事調査委員だと。CIA? スパイ?
 やや不安になり、車に拳銃でも隠してあるのでは、と気を配り始める。誘拐? 金目当て? 猜疑(さいぎ)心でいろいろと質問するので、彼女は不機嫌になり「単なる人助けよ」と。
 その時、気付いた。自分はLAに長く居過ぎなため、他人への極度な警戒心が無意識のうちに身に付いてしまっていると。彼女の純粋な行為をまともに受け入れてなかった。何度も謝罪した。
 無事レンタカーを手配しホテルに戻ると、まだロビーで待機していた両親に、姉が素直に「とても良い人だったよ」と。
 その晩、お礼として彼女に届くよう日本のハンカチをフロントに預けた。姉が万が一のため、お土産として余分に持ってきていた。
 翌日、無心で走る姉を見つけて笑顔で応援する両親。自分も忘れていた純な心を取り戻した瞬間だった。 【長土居政史】

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