大日本農会:橋本、弓削両氏に緑白綬有功章―農事の顕著な功績で

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両氏の受章を祝う参列者ら。前列中央が橋本氏、右端が弓削氏

 社団法人「大日本農会」(総裁・桂宮宜仁親王殿下)の今年度農事功績者表彰で南カリフォルニア在住受章者の橋本陽太郎、弓削スティーブン学の両氏に対する伝達式が12月17日、ハンコックパークの在ロサンゼルス日本国総領事公邸で行われた。長年にわたりナーサリーを経営する両氏は、日米親善と農園業の発展に寄与したことが認められ「緑白綬有功章」が授与され伊原純一総領事から、それぞれにメダルと表彰状が手渡された。

総領事から「緑白綬有功章」を授与された橋本氏(右)

 橋本氏は、ウエストLAのソーテル通り沿いに祖父昌彦さんが起こした「橋本ナーサリー」の3代目社長。創業1930年のナーサリーは、戦争により家族が日本に帰国したが、戦後の56年再開した。顧客の98%が白人だといい、「場所に恵まれた」(橋本氏)と話すように、近くのビバリーヒルズ、ベルエア、ブレントウッドに住む富裕層から支持を得て、同地域屈指の植木店に成長した。他が扱わない高級な花などをそろえ、注文を受けると期日通りに確実に配達し信頼を得てきた。
 橋本氏は福島県猪苗代で15歳まで過ごし1951年、渡米した。店を手伝いながらロサンゼルス・シティカレッジで絵画を学んだ後、父七郎さんの後を継いだ。ビジネス成功の秘訣を「一生懸命、大事なお客さんのためにやってきたから」と話す。また、言いたいことを言い合える家族経営もその理由の1つかも知れないとした。
 祖父が福岡、祖母は和歌山出身という日系3世の弓削氏は「K・ユゲ・ナーサリー」の主人。父親が1930年代に始めた植木店は、創業70年を超える歴史を誇りトーレンスとロサンゼルスの2店を持つ。父の時代に繁盛したが、日米開戦により一家は強制収容所に送られたため、営業停止を余儀なくされた。家族は戦後、地元に戻り50年にビジネスを再開させた。弓削氏は、人類学を学んだ加州立大ドミンゲスヒルズ校卒業後に家業を継ぎ母ノリーンさんらとともに働いてきた。卸売りを長年専門としていたが、今では卸と小売りが半々。LAダウンタウンのフラワーマーケットに卸したり、デコレーション用に買い求めるフラワーデザイナーのニーズに対応するなどさまざまな顧客を持つ。

表彰状をを手にする弓削氏(左)と総領事

さらに、南カリフォルニア生花市場組合の理事として活躍し生花業の発展のために尽力する。
 伝達式には家族や友人、南加支会会員ほか日系諸団体からの来賓が参列し祝った。総領事と大日本農会南加支会の野崎住吉会長、来賓が祝辞を述べた。
 総領事は、両氏が家族から受け継いだ1つの職業を継続していると指摘。農業は「実業である」と強調し「土と太陽の光、水などで、体の滋養になり、おいしく、目で見て美しく、心が休まるものを作っている。努力を重ねながら30年、40年もすばらしい仕事を続けてきた」と称え、さらなる活躍を希望した。野崎会長は両氏の活躍を「それぞれの分野で多大なる功績を挙げてきた」と称し、「植木業発展と米国、日系社会のために尽力を」と希望した。
 橋本、弓削両氏は謝辞を述べ、受章をせんえつとしながらも、光栄だと胸を張り、より一層の努力で農事に尽くすことを約束した。
 橋本氏は「微力ながら表彰を受けたのは、数々の幸運とみなさまの好意があったからこそ」と謝意を込め「兄弟が植木園で力を合わせ故人の意志を継いでウエストサイドの美化に努めたい」と抱負を述べた。弓削氏は、受章にはまだずっと若い年齢と思っていたのでびっくりしたというが「いただいたので、励みにしてがんばりたい」と話した。
【永田潤、写真も】

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