JBA: 小東京散策ツアーを開催、歴史の真実と再発見の旅

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ゴーフォーブローク記念碑を訪れた参加者

JBA(南加日系企業協会・大倉雄一会長)のダウンタウン地域部会は13日、初の試みとなる「リトル東京、てくてく歩いて再発見」と題して小東京散策ツアーを開催した。地域融和を目的に、これまでにも2世週祭やねぶた祭りのサポートなど、地域社会への貢献活動を行ってきた。メンバーの家族にも小東京のことをさらに良く知ってもらおうと日曜日に開催し、およそ80人が参加。全米日系人博物館でガイドを務めるボランティアスタッフの案内のもと、小東京一周の旅に出かけた。
 春の訪れを知らせるかのような暖かい陽気と青空のもとツアーはスタート。10人ほどからなる各グループには英語ガイドが1人付き、1街、2街、3街付近の小東京の名所や歴史を随時説明しながら進んで行く。
 

参加者はスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の記念碑を読み、犠牲となったオニズカ宇宙飛行士について学んだ

第二次世界大戦が勃発し、日系人は戦時転住所に収容される。日系人が経営する店は閉店を余儀なくされ、1街の中華レストラン「Far East Cafe」(現在の「Chop Suey Cafe and Lounge」)はオーナーが中国人だったため営業を続けることができた。戦争が終わり小東京に戻ってきた人々は、唯一残っていた同店で食事をすることができたのだという。それから半世紀以上経った今も多くの人に親しまれた往時の「Far East Cafe」の看板は残り、そのネオンは消えることなく輝き続けている。
 Union Center for the Arts(旧ユニオン教会)は1922年にロサンゼルスで最初にできた日系教会。ここも、戦時転住所から戻り、空腹で行き場のない日系人に食事を提供し続けてくれた場所だった。現在は若手俳優の登竜門として随時演劇などが行われ、日系人俳優のジョージ・タケイもかつてここで舞台に立ったという。
 「真実を伝え、2度とあのような差別を繰り返してはならない。その思いから15年間、小東京と日系人の歴史を伝え続けている」ガイドを務めた相原ヤエさんは静かに訴える。幼い頃に日系人戦時転住所に収容され、小東京の移り変わりとともに人生を歩んできた歴史の証人の一言ひと言の重みを噛みしめながら参加者は歩を進める。
 一行は、日系人宇宙飛行士エリソン・オニズカ氏にちなんで名付けられたオニズカ通りや、日米文化会館、日系人戦没者記念碑、ジャパニーズビレッジプラザなどを散策。普段何げなく歩いていた街並に思わぬ発見があり、歩くほどに参加者の目に小東京が異なる景色を帯びてくる。
 ドイツ人参加者でモントローズ在住アレクサンダー・ウォルターさんにとって小東京は妻と結婚披露宴をした思い出の場所。「よく通っていた道なのに、今まで気付かなかった歴史的建造物を発見できた」と散策を楽しんだようだった。
 小春日和の日曜日、小東京に咲き誇る桜の花の下を行き交う人々の笑顔からは、過去にこの地で日系人に対する差別が行われていたことは想像しがたい。「私たちがこうしてアメリカでビジネスができるのは、過去の先人たちの努力のお陰。そのことを知らなければならない」参加者の上野隆史さんは一緒に参加した息子の隆政君にツアーを通して歴史の『真実』を知ってもらいたかったという。「実際に日系人転住所に行った人の話を息子に聞かせてあげることができてよかった。とても貴重な経験になった」とツアーを振り返った。【吉田純子、写真も】

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