メモリアルデー:エバグリーン墓地で日系戦没者を追悼―諸団体が4カ所で式典

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海兵隊員のラッパ吹奏の弔いの中で敬礼する二世退役軍人

 全米各地で追悼式典が開かれた5月30日のメモリアルデー。日系兵士が多く眠るロサンゼルス・ボイルハイツのエバグリーン墓地では日系諸団体による各式典が4カ所で催され、多くが20代前半という短い人生を終えた若者に哀悼の意を表した。
 二世退役軍人協会の追悼式典は、今年で62回目。第442連隊のイタリア戦線で手榴弾に覆いかぶさって自ら犠牲になり仲間の命を救ったサダオ・ムネモリ上等兵を記念して建てられた殉国碑前で行われた。
 遺族や戦友、友人、日系諸団体の代表ら約200人が参列し、日系20団体の代表が1人ずつ献花。日系兵士の功績を称え、名誉戦没者の名が読み上げられ、英霊を慰めた。

戦死した二世兵の手紙を感情を込めて読み上げるヘレン・オオタさん

 ABC7のニュース番組「アイ・ウィットネス」でアンカーを務めるデイビット・オノさんが司会を務めた。オノさんは「この式典は戦死した兵士の功績を伝える忘れてはならない大事なイベント」と開催の意義を強調した。
 昨年までは基調講演が行われたが、今年は趣向を変えて戦死者が戦地から、あるいは出陣前に書いた手紙や、家族や妻、友人が収容所から送った手紙など、10通が朗読された。戦士の多くが、戦線の模様や健康状態を知らせ「心配しないで。元気にやっている」。両親は「生きて元気に帰ってきてほしい。神様に祈る」などと綴り、天国の父に今の自分と家族の暮らしぶりを伝える内容もあった。
 同式典に毎年参加するジャック・クニトミさん(93)は、ワイオミング州のハートマウンテン強制収容所で暮らしていた1944年に徴兵され、フィリピンへ送られ前線で戦った。戦後はMIS(陸軍情報局)に入局し東京に約1年間、駐留し通訳などを務めた。この日は、22歳の若さで朝鮮戦争で死亡した弟テツオさん、第二次大戦に志願し442連隊少佐として激戦となったイタリア戦線で死を遂げた幼なじみのケイ・タナハシさん(享年25)、その他の亡き戦友の墓に献花した。クニトミさんは小東京で生まれ育ち、実家は全米日系人博物館近くにあった。近所に住んでいた3歳年下のタナハシさんのことを回想し「僕がアニキで、小さい頃から彼とよく遊んだ。惜しいオトウトを亡くした」と竹馬の友の冥福を祈っていた。

ロサンゼルス仏教連盟主催の法要で焼香する少女

 ロサンゼルス仏教連盟の法要は、南加日系婦人会(柴洋子会長)が1937年建設した戦没者慰霊塔の前で行われ、参列者約40人が焼香した。小東京・東本願寺ロサンゼルス別院の伊東憲昭輪番らが経を読み上げた。伊東輪番は「われわれが今日、幸せに暮らすことができるのは、若い二世兵の犠牲があったからこそ」と称えた。「今日は、東日本大震災の犠牲者のためにも祈ってほしい」と願った。
 柴会長は、二世兵の功績を称し「当時のたいへん激しかった日系人排斥の中で、日系人の名誉回復のために志願して勇敢に戦ってくれた。すばらしい『武士道の精神』と『大和魂』を持ちながら、国家と日系社会のために犠牲になった」。この日は同所で行われたすべての式典に出席し「どれも厳粛に行われ、亡くなられた方々に敬意を表すことができたすばらしいサービスだった」と述べた。【永田潤、写真も】

娘のケリー・カババさん(右)と戦友の墓を探すジャック・クニトミさん


殉国碑に献花する「カズオ・マスダ記念軍人会」のノリ・ウエマツさん

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