天に昇ったペンペンばーば

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 先日、出張で急遽LAから東京に出かけた。同じ頃、札幌の養護施設から病院に移った伯母の容体が悪化した、と看病を続けるいとこから連絡が入った。
 4年前に会った時は、まだまだ元気だった。仕事を終えた翌朝、羽田から札幌に飛んだ。しかし、悪天候で羽田に引き返す恐れもあると、アナウンスがなされた。
 伯母のあだ名は「ペンペンばーば」。三味線をペンペンと弾いていたことに由来する。
 華道、茶道にも精通し、弓道に関しては最高段位の十段。政治経済社会の話題も豊富。11歳年下の弟が自分の父親だ。生みの母親が幼い時に亡くなったので、父親にとっては姉が母親のような存在らしい。
 幼い頃、東京で育った僕は、夏休みを利用して毎年、旭川に遊びに行った。言葉遣いや行儀が悪いと厳しく叱られた。良いことをすれば、褒めてもくれた。人懐っこくて愛情深い。よくかわいがってくれたし、僕もなついた。お小遣いもよく頂いたし、とにかく楽しい夏休みが待ち通しかった。
 天候は回復し、飛行機は無事札幌へ到着。札幌駅と新札幌駅を勘違いし、いとことの待ち合わせをミスる。やっと病院に着いたのは昼過ぎ。
 ベッドに横たわって動かないペンペンばーば。グレイ色の髪はまだ生き生きしている。目を大きく開き深く呼吸を続けるが、どれだけ意識があるかわからない。話も出来ず、口には何本もの管が差し込まれている。
 看護士さんは、声をかければ本人はわかりますよ、と。血圧が下がり冷たくなっていく小さな手を摩ると、指がかすかに動く。「アメリカから来たよ…」と言うと、瞬きはする。
 徐々に息が薄くなり、やがて静まり返る。われわれが見守る中、午後2時半に息を引き取った。享年92。死に目に会うのは始めての経験だった。大好きだったペンペンばーばの魂が本当にスーっと天に昇るように感じられた。悲しみは超越していた。安らかに眠れ、とはこういうことなのか、と実感した。
 たくさんの楽しい思い出をありがとう。人生は、はかないけど、限りがある時間を有意義に生きようと思う。合掌。【長土居政史】

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