こわーい話

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 前に本欄で挨拶をしない有名人の話を書いたが、このごろは挨拶や人との会話を必要としない人が増えているような気がする。
 アメリカに来て間もないころ、家の前を通って出勤する見知らぬアメリカ人と目があったとき「グッドモーニング」と笑顔で挨拶をされてびっくりして慌てて挨拶を返したことがあった。しかしその日は一日気分が良かったことを覚えている。
 朝の職場では、自分より先に出勤している同僚がいれば、遅れて出勤したほうが「お早うございます」と声をかけるのがまず当たり前。ところがいつも人より遅れて出勤しながら、むっつり足早に自分のオフィスに入り、たまたま誰かが「お早う」と声でもかけようものなら、邪魔くさそうに「ハイ」と一言で終り。
 曰く、「仕事をしている人の邪魔はしたくないし、別に必要もないし…」という三世の御仁がいる。どのような家庭に育ったのだろうと、気の毒になる。挨拶が「邪魔」になるのだろうか。そういう問題ではないと思う。なにもべたべたしてくれといってはいないのだが。
 「おまえは犬かい?」
 ある一世の母親が、挨拶をしない二世の息子にこうたずねたそうだ。「うちの犬はお早うとは言わないけれど、お前は人間だし、うちの家族だし、誰かの友達だろうが? 挨拶くらい出来なくてどうするんだい」
 80歳はとうに過ぎた二世の男性が、こんな母親の思い出話をしてくれたことがある。
 朝起きれば「お早う」、道で知人に会えば「こんにちは」、感謝の気持ちがあれば「ありがとう」や「ご苦労様」。挨拶は暮らしの潤滑油である。挨拶をしたからといって税金がかかるわけでもなし、などと小姑のような文句や愚痴が出てくるのは、歳のせいだろうか。
 壁ひとつ隣の同僚と、Eメールでしかコミュニケーションをしない人もいる。話しかけると、「Eメールしてください」
 身体の部分にしても頭脳にしても、使わないものは退化するそうである。私たちは近い将来、話し言葉を失い、アイ・フォーンでメールを送り続けるために親指ばかりが巨大になるかもしれない。
 こわーい、そして少し寂しい話である。【川口加代子】

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