突然やって来るもの

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 月曜の朝、職場に入るなり「Mさんが亡くなられたのを知ってますか」という電話をもらい「ああ、Mさんのご主人が…」と言い終わらないうちに「いいえ、奥さんのSさんほう…」という返事。
 一瞬何かの聞き間違いかと思ったのは、認知症が進んでいるご主人を献身的に介護していたシッカリ者のSさんを知っていたからである。金曜の夜から気分が悪いと友人に話しながら、病院へ行くことを勧めると「今私が病院に入ったら主人の世話をする人が居ないので」と断ったそうだ。
 多分食あたりだろうという言葉を信じて売薬を買って届けた友人のAさんが翌日、何度電話をしても返事が無いのを不審に思い、人を介して部屋を調べてもらったときには、すでに冷たくなっていたという。
 死因は心臓発作。まだ72〜73歳という若さで、心臓が悪いという話はとんと聞かなかったが、長い間の介護疲れとストレスに心臓は悲鳴をあげていたのかもしれない。
 夫の世話は誰にも任せず自分がしなければと、ナーシング・ホームにも入れずに頑張ってきた。きっと身体はどこかで不調を訴えていたのだろうが、彼女はそれらの症状を無視し続けていたようだ。
 「いつか時間が出来たら日本に行きたい…」と友人にもらしていたそうだ。
 介護者が病人より先に逝くのは珍しい話ではない。Sさんも、あれほど心にかけていたご主人を残して逝ってしまったが、ある意味ではご主人の今後を案じる間もなく逝くことが出来たのは幸せだった。
 死は突然やって来ることが多い。生まれたときに何らかの契約があり、それぞれの寿命が決められているのかもしれないが、人はそれを知らないから毎日を生きることができる。小心者の私など、もし自分の最後の日がわかっていれば、恐怖で日常の暮らしを楽しむことなどできないだろう。
 いたずらに歳を重ねるだけで悟りなどにはほど遠い私の死も、突然にやって来てほしいものだ。いや、その前にドレッサーの引き出しくらい片付けておかなければ…。【川口加代子】

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