日本語(3)

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 好きな日本語やそうでない日本語を主観、私見で書く勝手文です。見ても聞いても使うのも好きでない日本語に「何々させて頂く」「生きざま」「こだわり」「何々じゃないですか」「癒し」「xxカト思います」などいろいろある。「生きざま」は最近「あの人の生きざまが好きだ」など、おかしな使われ方が当り前になってしまった感がある。「ざま」は本来あざけり、けなし、自分には謙遜の意味合いで使う言葉。ざまあ見ろ、ぶざま、何てざまだ、ざまあ無い、このざまは何だ、という具合。自分には「俺の生きざまはこんなもんだ」「自分は駄目だ、ざまはない」などと自虐、謙遜で使う。それを「彼の生きざまがいい」などと人様のことに勝手に汚く使うものではないわけで。失礼ですよね。だがこれがいつの間にか普通になってしまった。これでこの言葉の本来の含みと心が死んでしまった。この言葉に特有の色を持たせた先人たちの約束事はホゴにされた訳だ。含蓄なく無色の「生き方」と同じになり、もともとの「ざま」のあや、個性が薄れた。
 言葉は移ろいやすく変わってゆく。誰ももう平安時代や江戸時代の言葉で話さない。言葉は生きもので変化、変遷は宿命。ただ変化には本来の心と意味や使い方に勘違いや無知、無視による誤用が広がり皆が真似して流行り既成事実化する「悪貨が良貨を駆逐」式の居座り型が多い。違うよおかしいぞと文句を言っても流行って世間に受け入れられれば居座る。しかし言葉本来の心は日本人の繊細な文化であり見捨てたくないものだ。勝手に使い方を変えるのは先人たちが交し合った由来と個性の文化を葬ること。先人たちとの書物を通じた間接的会話も成り立たなくなる。
 別の話だが最近目立つ「かと思います」という言い方も潔くなく好きでない。それが正しい「か」と思います、と思いを真直ぐ出さず婉曲法で微妙に和らげ謙虚、遠慮を醸し出しつつ自己疑問のカを入れて両側に逃げを用意する傾向。これなら言わない方がいいな。大人だけでなく、伝染するのか高校野球選手まで「優勝したら嬉しいカと思います」なんて言っている。嬉しいに決まってるよ。「嬉しいです」とすっきり真っすぐ言ってほしいな若いのだから。【半田俊夫】

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