慣れ比較論

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 先日、コンピューターがダウンし、丸1週間何も手が付けられなかった。データも全て消えてしまったようだ。仕事にもならず、普段のEメール連絡もできず(iPadやiPhoneで応急措置したが)、焦りとストレス、心配が増長するばかり。頭も体もマヒ状態。本当に不便で何もできない現実を痛感した。まさしくコンピューター依存症である。まるでバットもグローブも持たず野球をやろうとしてもプレーできない歯がゆい感じだ。
 昔はどうしていたのだろう? タイプライターを使ってビジネスレターを書き、写真は現像所まで行って現像して、焼き増ししてクライアントに郵送していた。時差のある日本までの急ぎの連絡は近くの文房具屋まで行って書類をファクスで送った。面倒な作業に見えるが、当時はそれなりに普通にこなして作業をしていたと思う。
 何か失敗や事件が起きてふと振り返って比較して、初めて「慣れは恐ろしい」と理解できるのだ。なるようにしかならないと開き直ると、さまざまな「慣れ」の思いが浮かんできた。
 子供の頃、日本のプロ野球は12チームもあると興奮した。しかしメジャーリーグは30チーム。こんなにもあるのかと当初は驚いた。でも慣れてくると、広いアメリカはもっとチームを増やしてもいいのではと思ったりも。そしてふと日本のスポーツニュースを見ると12チームがやけに少なく寂しく感じる。確率から見て優勝は簡単に見えてくるから勝手なものだ。
 そんな時、テレビをつけると大観衆の中、ダルビッシュ投手と黒田選手が見事に投げ合っている。こんな時代が来たとは、感動した。昔は外国から助っ人が日本に来てプレーしたが、今は逆だ。日本人がメジャーでプレーすることは、見る側も慣れてきて当たり前になってきた。
 コンピューターも無事に直り、全てのデータも修復できた。やっと落ち着きを取り戻した。時代は常に進化し、テクノロジーのおかげで便利になったことには感謝する。しかし何事も慣れ始めた時には十分注意を払おう。そして大事なコンピューターがダウンしないようにもっと丁寧に使うように心掛けよう。さあ、プレー再開だ。【長土居政史】

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