広島が無くなっていた

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 暑い8月。67年前の広島、長崎への原爆投下。—そして終戦。
 戦争体験とその後の食糧難、住宅難をはじめとした社会的混乱を経験した日本人が少なくなるなかで、原子力の平和利用を謳いながら、核に対する姿勢は福島の原発事故を経て大きな変化を見せている。
 オバマ大統領が2009年、「核兵器を使った唯一の核保有国として、米国には道義的責任がある」とチェコの首都プラハで演説。「核兵器のない世界」という遠大な目標を打ち出した。しかしながら、核軍縮を巡る状況は依然厳しい。前途はもちろん容易ではない。
 世界には今も推定1万9000発の核兵器がある。私たちは、最大の必要悪といわれる核兵器の問題を未だに解決できないまま、いつ核戦争が起こるかわからない危険性の中で生活しているのだ。
 核拡散防止条約によって核兵器保有を認められたのは米英露仏中の5カ国。ほかにイスラエルが核弾頭を保有するのは公然の秘密。「核」は、あらゆる反対を押し切ってでも「持ってしまえば勝ち」という現象が続いて、インドもパキスタンも核兵器を保有し、北朝鮮も核実験を強行。イランの核兵器開発疑惑も消えることがない。
 一方で、「自国は核を放棄しないけれど、よその国は核兵器を持ってはダメ」という核大国のエゴがまかり通ったままなのは極めて不合理。
 こうしたなか、日本は今、露中韓と領土問題で大揺れなのに、国力に見合うだけの発言力がないのは、戦うことを放棄し、核を持っていないからだとする、核廃絶の理想とは相容れない現実論も幅を利かせてくる。
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 一発の原子爆弾により、街全体が瞬時に灰燼と帰す。「広島が無くなっていた。何もかも無くなっていた」—今年の広島平和宣言にも引用された戦慄の光景は、現実。
 米国の原爆投下に対する歴史認識はさまざまだが、「戦争を早く終結させるためだった」との主張は、無差別大量虐殺を禁じた国際法や人道的見地を持ち出すまでもなく、当時の戦況を少し考えれば詭弁のそしりを免れない、笑止千万な言い分に聞こえる。
 母国を思う、暑い日が続く今年の8月。【石原 嵩】

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