日本語 8

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 日本のテレビなどを見ていて、国会議員の先生呼ばわりには思わず首をかしげる。議員同士まで先生、先生と呼び合っている。(彼ら業界内部で尊重し合う理屈はあるだろうが)先生とはそもそも「学徳の優れた人、学問、技能を教える人、および先に生まれた人」という意味のはず。日本語における先生という言葉の価値を変質させている。
 学校の先生や教師、各種技能を教えてくれる師匠、病気を診てくれる医師、仕事や生活上の指導をしてくれる人、こういう仕事の人たちを先生と呼ぶ。また人生の師といえる人や、生き方や仕事に尊敬を覚え自然に先生と呼びたい相手、こういう人たちに敬意を持って使うのは麗しい。
 それらに比べて、議員はそもそも公僕。国民が選び、国民の代理人として雇われ、税金で給料をもらい、政治の仕事を受け持つ人、それだけ。選ぶほうの国民、市民がパトロンの立場だ。
 しかし「先生」と呼ばれ呼び合っているうちに、公僕であるはずの立場がいつか人々の上に立つ人間なのだという気分が生まれ、偉い人なのだと思ってしまうのかもしれない。賢さとはほど遠いことだ。本人もメディアも取り巻きも、そうして一般市民までも「先生」と下から目線で呼び、本来の国会議員の立ち位置を取り違えていくようだ。
 日本語から離れるが、政界はとかく政策よりも政局、党利党略に陥りがちで、(メディアもとかく政局しか追わない)昨年の東日本大震災の時の政界の動きもそれが目についた。自衛隊員、消防隊員に災害現場出動をさせるだけでなく議員たちも議会と現地両方で体を張り命をかけて活動してほしかった。政治は国の存亡をかけ命を張るものという思いのほとばしりを見たい。
 議員たちは自分たちを「先生」と呼ぶ習わしをまず止めたらどうか? 呼び方を変えれば意識も変わる。この意識改革を具体的に進める国会議員がいたら、それだけで国民から見直され尊敬を取り戻し投票率の向上にも寄与するだろう。
 日本語は人の心を動かし国を動かすものだ。【半田俊夫】

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1 Comment

  1. 平澤晴彦 on

    暫くです。 東京の平澤です。
     久しぶりに貴君のサイトを拝見いたしました。 かなり前に貴君とメールのやり取りをさせていただいた折に、ウイルスみたいなものが侵入したので、ストップしてしまいました。差支えなければまた再開したいと思っております。
     ところで、政治家の議員のことを先生と呼ぶのは如何なものかという意見ですが、全く同感です。
    何年か前に私も何回か議員さんの会の司会を務めたことがありましたが、その時には頑なにOO区議、OO都議、OO代議士、OO大臣と言ってきました。他の人は殆どの人は先生と呼んでいましたが。
    しかし私の地元の元代議士で深谷隆司という人がいるのですが、その方は最近政界から引退され、後輩の指導、教育をされています。私は深谷氏を尊敬していますので、引退後は先生と呼ばせて頂いております。
     又機会があればメールさせていただきます。
    追伸
     3年間の商工会議所の会頭お疲れ様でした。

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