困難なり文化継承

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 アメリカにいても、日本人の暮らしの文化は土地によって多少違いはあっても連綿と受け継がれている。
先日「日本にいても、どこでも見られる行事ではないので…」と某所で開催された餅つきに参加した若い女性Aさんに出会った。
 つき上げられた餅が待ち構えたベテラン(?)女性の手で二つに分けられ、それぞれ手粉を付けた担当者が絞り出すように同じサイズの餅をちぎって投げると、テーブルの両側に並んだボランティアが器用に手早く丸めて並べてゆく。
 Aさんも一つくらい丸めてみたくて列に並んでみたが、どうにも彼女のところまで順番は回って来そうもないし、誰一人一つの餅も回してはくれない。なんとなく邪魔になっている自分に気が付いて、両手に真っ白に粉を付けただけで列から離れてしまったそうだ。
 「とても私なんか入れる余地はないし、皆さん上手です。ちょっと体験したかったのですが無理ですね。なんだか大奥のお局様グループという感じでした」と笑っていたが、同じようなことはほかでも見られる。
 ボランティアでバザーのための寿司を作るグループでも、仕切り屋が1人や2人はいて、その指揮の下に無駄なく整然と作業は進み、調和を乱す新入りは睨まれるだけではなく「そんなことをしていたら仕事が進まないでしょう。分からないんだったらそこ除けて」とお局様に弾き出されてしまう。
 確かに出来ない人にうろうろされては、手助けになるどころか作業の邪魔になる。しかしこのままでは次世代が育たないことも確かである。自分たちだけのチームワークを壊されたくないという自己防衛本能が働き、よそ者を入れない体制が出来上がっているらしい。
 気持ちはよく分かるのだが、いつかこのベテランたちにも荷が重くなる日が来る。一人くらい出来栄えや時間を犠牲にして「教えてあげる」指導者がいてもいいのではなかろうか。
 大げさな芸術の話ではない。たかだか暮らしのなかの文化の話でさえ、一度自分たちが会得したものを次世代に譲る、任せるといったことは、かくも難しいことなのである。【川口加代子】

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