年の初めの

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 新しい年を迎えた。元旦は少し寒かったが、だからこそ身が引き締まる感じがした。それで、カードも出していない、賀状も出していない失礼を思い出して赤面。
 年明け早々からこんなことでは、巳(実)を結ぶ年であるなど、とんでもない。一ついいことは、無事に齢を一つ重ねられたこと。節目を無事に迎える重大事。大晦日に風邪を引いたかな? と思う体調で、早く休んだ。年を越さなかったことが幸いだった。
 元日のお正月イベントで、折り紙ができた。この日は、いつもながら不思議を味わう日だ。日本を思わせていて、集まってくる人たちの顔ぶれを見ていると日本ではない。普段と違う体験ができる場に、いさせてもらえるありがたさ。こうして、1年が始まって「時が音を立てて飛び去っていく」と知人が表現したが、正しくびゅんびゅんと過ぎて、1月も3分の1が経つ。
 あれもこれも同時にできた昔がうそのようだ。だからといって、あの昔に戻りたいとは思わない。誰かが必要としてくれて、それにちょっとでも応えられるようなら十分。

 町のどこかに
 未来のどこかに
 まだ開けていない私の扉が
   かくされている
 知ってはいるけど
 陽だまりのなかはぬくぬく暖かい
 ふいに遠い国から訪ねてきた友が
 見えない窓をカラリと開けたら
 ちがう世界があらわれた
 さて
 なにもかも忘れて
 今日は冒険の一歩を
 踏み出す日でしょう

 この詩はTBSラジオの「誰かとどこかで」の中で放送された崎南海子さんの詩。
 贈られた私は、彼女との一日がただ心地よく楽しかっただけ。何の意図がなくても、相手は何かを思った。生きて人と交わるということは、良くも悪くもこんなことの繰り返し。できたら、いいことだけであってほしいがそうもいかないのが世の中。日々の生活をしているとあっというまに年とっていく、と彼女。そうかもしれないが、それでいい。できることだけにして無理することはない、年の初めの実感でした。【大石克子】

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