日本語13.なぜ外国語を?

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 読者の皆さん、あけましておめでとうございます。新年が皆さんにとりよき一年になりますよう。
 今年も、いとしく感じる日本語への思いを独断の勝手文ながらつれづれに書いてまいりたく、よろしくお付き合いください。
 今に始まったことではないが、日本での安易な外来語の使用は気に入らない。レインボー・ブリッジとか名づけて喜んでいるが一体どこの国かと思う。素敵でも何でもなく悲しみすら感じる。「虹橋」だったら50年、100年と永遠に残る素敵で味わい深い名前なのに、と思う。日本国内の機関や物にJRとかスカイツリーとか何のことか分からない。恥かしい。六本木ヒルズ、何がヒルズだ。ベイブリッジ? 入り江橋のほうがずっと情感もいいじゃないか。植民地じゃなく日本なんだから。
 日本語に誇りを持てないのか、英語だと素敵とか進歩的とか思うのだろうか。植民地なら分かるが。世界諸国を見て回ったが独立した文化国でそういう現象が氾濫する国はちょっと見当たらない。いつか国内に英語名などを付けたことを恥ずかしく思う正常な感覚が戻るだろうか。
 日本人は昔から強大と思う外国の文化や言葉を憧れと崇拝の念を持ってひたすら取り込んできた。昔は中国。幕末はポルトガル、オランダ。明治開国以降は脱亜入欧、文明開化を唱え英仏独の熱が高まった。大戦後は勝者米国の占領、統治を経たゆえか米国一辺倒で軍事、経済、文化、言語など多面的に属国化したかのごとき現象が蔓延している。
 英語だけではない。昭和が終わって元号が平成と名付けられた際に時の内閣官房長官が平成と書いた台紙を誇らしげに広げたテレビ画面を覚えている。当時のエライ学者や政治家が「史記」や「書経」からの出典としていそいそ採用した。共に中国古代の歴史書である。なぜ日本独自の史書や語彙から取らないのかと思った。
 一体、誇りあるフランスやドイツの国民が国家に関わる名称に隣りの国の書物からの出典を使うなどということがあろうか。日本はもっと自国語を愛し誇りを持って使う普通の国になってほしい。美しい言葉がたくさんある。【半田俊夫】

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