ナスカーに日系初のドライバー:4世のラーソン選手

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ラーソン選手がドライブするカーナンバー32のシボレー・カマロ

 米国で最も人気を集める自動車レース「ナスカー」(NASCAR、全米ストックカー・レーシング協会)」に日系人初という4世カイル・ミヤタ・ラーソン選手(ターナー・スコット・モータースポーツ所属)

ナスカーにデビューしたラーソン選手

が今季デビューを果たした。弱冠20歳、カーナンバー32のシボレー・カマロを操る期待の星は、日系人が多く住む南カリフォルニア、フォンタナ(24日正午決勝、オートクラブ・スピードウエー)で行われる今季第6戦「オートクラブ400」に向け、全力疾走を誓った。【永田 潤】
 ラーソン選手は、1992年カリフォルニア州サクラメント生まれ。生後間もない頃からレース好きの父マイクさん、母ジェナさんに連れられ各所のレース場に観戦に訪れた。恵まれた英才教育の下、4歳の時に登竜門のゴーカートでデビュー。ミジェットで経験を積み、オープンホイールカーへとステップアップ。これまでに各カテゴリーで新人王4度、2度の最年少記録を樹立、昨年はナスカーの一段下の部門で東地区のチャンピオンを奪うなど、通算27タイトルの輝かしいキャリア引っ提げナスカーに参戦した。
 「子どもの頃からの夢だった」というナスカードライバーとなった。「こんなに若くしてナスカーに出られて正直、驚いている。このいいチャンスを生かしたい」と意欲を示している。幼少期からレース場に通い、トニー・スチュワートやジェフ・ゴードン、ケイシー・ケインなど憧れの選手のサインを多く集めた。これらのドライバーは、ラーソンと同じ、ダートコースで腕を磨き、ロードへと上がってきただけに「僕が目指していた選手と走るなんて、信じられない」。並み居る強豪と速さを競い「レース中は少し緊張するけど、気にしないで走るだけ」と上を目指す。
 先月の第2戦のフロリダ州デイトナビーチで行われた伝統のレース「デイトナ500」では、上位争いを繰り広げ最終ラップで4、5番手につけ、猛スピードで走行中に11台が絡んだ接触事故に巻き込まれた。内から外側に押し出されたラーソンのマシンは壁の上のフェンスに激突し、運転席から前のボディが大破し失われ、タイヤはスタンドに飛び込んだ。観客33人が負傷するという激しいクラッシュにもかかわらず、命にかかわるほどの負傷者は出ず、新人で無名に近く、表彰台にも上がったことのなかったラーソンは、思わぬ形で名が売れることになった。周囲の心配をよそに、本人は「車が吹っ飛んで、前が大きく壊れたけど、体は大丈夫。フェンスにぶち当たった時に右肘を少し打っただけで、ケガはなかったよ。車は安全に作られているので、まったく怖くはなかった」と、現代っ子らしくけろっとして言う。ただ「スタンドで見ていたファンには、すまないことをした」と気を配る。

24日にオートクラブ・スピードウエーで行われる「オートクラブ400」に向け、意欲を示すラーソン

 ナスカーレースの醍醐味については「とてもコンペティティブで、勝つのは難しい。コース上で事故があれば、再スタートすることが多いので、ピットストップなどの戦略が勝利のカギとなっておもしろい。ルーキーイヤーの今シーズンに初優勝できたら最高だね」
 日系人の祖父マンジョウ、祖母ベティ・ミヤタさんは、ともに第2次大戦中、ツールレイクの収容所で過ごした。祖父母から収容体験は聞かされなかったというが、自身は「ハーフ日系人、ハーフアジア人としての誇りを持っていて、ナスカーで唯一の日系・アジア人として僕が頑張れば、アジア人のファンが増えて、レース界全体の発展にもつながり、いいことだと思う」
 あどけなさの残る屈託のない笑顔を見せ、とてもナスカードライバーには見えないラーソン。だが、ドライバースーツに身を包み、ヘルメットを被ると、鋭い目つきの戦闘モードに切り替わる。再来週に迫ったオートクラブ・スピードウエーでの第6戦について「フォンタナ(オートクラブ・スピードウエー)は、子どもの頃にインディーカーの観戦で訪れただけで、走ったことはない。テレビで見る限りだけど、路面は滑りやすく、とてもエキサイティングなコースで、レースを楽しみにしている」と意気込んでいる。
 レースの詳細は電話800・944・7223。
 ホームページ―
 www.autoclubspeedway.com
 Auto Club Speedway
 9300 Cherry Avenue
 Fontana, CA 92335

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