必要なときの支援

0

 
 日系社会の重鎮をまた一人失った。荒谷ジョージ氏の訃報に接したとき、故和田勇氏の命日と一週間しか違わない同じ月だと思った。活躍の範囲は違っても、二人とも、日系社会のため、日本との懸け橋となって大きな働きをした。日系社会の財産の一つ、敬老シニア・ヘルスケアの立ち上げ、発展にも尽力した。彼らの働きがなければ、「敬老」はありえなかっただろう。
 創設者が一人亡くなり、二人亡くなりと、当時のことを知る人たちがいなくなるのは寂しい。50年も経つ間には、社会情勢が大きく変わっていることはわかる。ただ、情熱と大志を持った人たちがいて、多くの人たちを動かしてつくったものを、時代に沿ったかたちでもいい、残されたものたちが受け継いでいくという強い意思を持つことが供養ではないかと思った。
 今月、故和田勇夫人の正子さんが100歳になられる。夫人たちが矍鑠(かくしゃく)としているのを見るのは、喜ばしいし励みになる。サカエ夫人が参列者の弔問に、遅くまで丁寧に応えられていた姿が印象的だった。
 一世が農業で苦労しながら、次世代がアメリカの地で堂々と生きていけるよう、教育を受けさせたいと願った。親の心配をすることなく、就きたい職業に就けるようにと建てられた「敬老」。そういう土台のあるところに来たわれわれは、先人たちのような心意気を持とうと思っただろうか。否、自分のことにばかり気を向けていたのではないだろうか。小東京の変遷を見るにつけても然り。
 いろいろな国の出身者が、自国の経済を支援、文化を守って結束している。そういう人たちの集団がアメリカ。新年会シーズンで日系団体の集まりが続いている。その中に入っていない人たちは、日系社会の成り立ちも先人の苦労や働きを知らないし、知ろうとも思っていない。今があるのは当然のことだと思っている。
 もっと、自分たちの周りに目を向けて、それぞれが社会が何を必要として、そのために何ができるかを考えていけたらと思う。
 故荒谷氏の「Help when help needed.」。彼のような支援はできないが、気持ちだけはそうありたい。【大石克子】

Share.

Leave A Reply