日本語15 ある和歌集

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 幾つかの和歌を紹介したい。どんな歌集かについては後ほど。
 ふるさとに背きて去りし父と今日会いたるを母には告げず
 過ぎし日の鋭さ消えて老いた父は我にやさしく煙草すすむる
 叱られて泣きつつ米を研き洗う遠き悲しき母の思い出
 帰り来て黙し居る子の胸裏を読まむと瞳に対(むか)いて坐る
 われ父に似ざるに子の性我に似て反骨頑(かたく)ななるを悲しむ
 子の頬を打ちてほてれる掌に握るペンの運びの曲がりゆきたる
 高飛車に帝国主義を罵りし子の置き手紙夜更けにまた読む
 「きっと癒(なお)る」苦しき嘘と知りつつもわが慰めに妻は頷く
 野辺送りゆ帰り来し家のしんとして妻の残り香我が身を襲う
 蛍とは亡者の霊と聞きしより常に夜の窓開けて父母待つ
 これらは日本人が詠んだ歌ではない。台湾人(戦前からの台湾本省人)の人々が日本語で詠んだ短歌だ。
 台湾はかって日本であった。明治28年以来50年間の日本の統治の下で育ち、戦前戦中と日本語教育を受けた台湾の人々。敗戦で日本が引き上げ、置き去りにされた日本語族の人たちが、戦中戦後と生き抜きながら、自分たちの人生と生活を和歌で詠み続けており、それが「台湾万葉集」として出版されている。
 台湾の日本語世代の心の歌、命の歌とも言える。困難な歴史環境の下でも持ち続ける日本語を愛する心、高度な日本語の質と歌の力量、織り込まれた人生が胸に迫る。
 僕はこの本を手許に置き折々に開く。心打たれるものがある。
 今後も折々紹介したい。今回は以下3首を加えて結びとする。
 岡山の恩師の忌なり旅先で今日一日は肉食をせず
 歌会の帰りも愉(たの)し盛り場の台湾ちまきを孫の土産に
 母国語に非(あら)ねど惹かれ年経ぬ三十一文字の深き調べに【半田俊夫】

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