苦しい言い訳

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 料理番組が大流行のこのごろ、どのテレビ局も趣向を凝らした企画で視聴率の向上に努力している。ショーの内容はともかく、著名で個性豊かなシェフを獲得すればそのカリスマ性で番組の半分は成功したようなものである。
 アメリカ南部料理の女王といわれるポーラ・ディーンもその一人。ざっくばらんで陽気な性格が番組を盛り上げて、世の主婦のみならず男性にも人気がある。
 ところが最近、彼女が黒人蔑視の差別用語を使ったということでメディアから叩かれ、料理番組のスポンサーやクックブックの出版社から次々契約を破棄されている。
 トークショー番組に出演したポーラさんいわく、「私は決して人種や宗教などで人を差別しません。そういう育て方はされていませんから。ええ、そりゃあNワードを使ったことはありましたよ。でも随分前のことで、南部の社会すべてが今のように人種差別を問題にしなかったころのことですから…」
 なんとも苦しい言い訳にもならない言い訳で質問を切り抜けようとしていたが、さらに、「私はそのような環境で育ったのだから、差別用語を使っても差別をしているわけではないのです。悪気はないのですから、私をよく知っている友人たちはみんな理解してくれています」という意味のさらなる言い訳を上乗せ。
 なるほどそれなら、ポーラさんを知らない、友人でもない私たちその他大勢からは人種差別ととられても仕方がない。
 「心にもないことをついうっかり…」などと失言の言い訳によく使われるが、心にもないことは、言おうと意識しなければ出てくるものではない。
 「ポーラの人気へのやっかみで、揚げ足をとって陥れようとしているだけで、大げさに騒ぐことでもあるまい」という心の広い人もいるが、そのような人の多くは差別をされた経験のない人で、弱者の痛みの分からない人である。
 もしわれわれがジャップと呼ばれたら、私たちはその言葉に敏感に反応するべきなのである。日系市民協会が、事あるごとに小さなことも見逃さず、抗議を続けてくれたから今日われわれの社会的地位がある。
 おろそかにはするまい。【川口加代子】

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