断る勇気

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 シカゴにアジア系市民連合が生まれて今年で31年目になる。
 アジア系市民の社会的地位を向上させるためには、すべてのアジア系市民が政治、教育、ビジネスその他あらゆる面で力を合わせて取り組んでいく必要があるという考えから、アジア系16カ国のコミュニティーから1500人が一堂に集まったのは1984年。
 年によって参加者に多少変化はあったが大体1000人から多いときは1800人の参加者が旧正月を祝い、時の人をゲストに招いてのスピーチあり、時期的に予備選挙を控えていることが多く、立候補者がロビーで選挙運動を繰り広げるのも恒例になっていた。
 各コミュニティーから選ばれた貢献者の表彰に加えて、各国のお国自慢の舞踊や音楽の演奏が延々と続く。規模が大きくなるたびに、パーティーの開催時間は長くなり、終了が夜11時から12時になることもたびたびで、苦情は出ても改善されることなく、30年も続いてきた。
 さて今年は日系社会がホスト・コミュニティーに選ばれ、実行委員会の第一目標は「午後10時にはパーティーをお開きにする」であった。
 このために実行委員のA氏は、プログラムに出演を希望するグループに嫌われながら30年間恒例であったオープニングの中国系のライオンダンスさえバッサリと切り落とし、パフォーマンスは司太鼓グループの和太鼓の演奏と藤間流日本舞踊、両方あわせて20分間という英断(?)を下した。
 文字で書けばこれだけのことだが、これはなかなか勇気のいる決断で、日ごろいろいろな催しや会議で顔を合わせている各コミュニティーの代表からの申し出を、目をつぶって断らねばならない。当然文句もでる。ねじ込まれることもある。
 ただひとつ、来年のホスト・コミュニティーのインドネシア・グループのダンスだけはバトンタッチの意味もあり受け入れたが、そのために太鼓の演奏が5分削られた。
 閉会のアナウンスが会場に流れたのは午後10時3分。興奮した面持ちで再会を約して帰っていく参加者からは一言の苦情も聞かなかった。
 「Aさんお見事でした」【川口加代子】

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