日本の中高生が日系人から学んだこと

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 被災地支援のための交流プログラムで、被災3県から26人の中高生が南カリフォルニアにやってきた。生徒たちは2週間にわたりさまざまな団体や施設を訪問し、地元のアメリカ人家庭でホームステイも経験する。今年は、現在の日系コミュニティーについて知ってもらうため、コミュニティーで活躍する人たちのお話を聞く機会をいくつか設けた。
 タムリン・トミタさんは、1985年に二世ウィークの女王に選出されて間もなく映画界関係者の目に留まり、「カラテキッズll」でハリウッド・デビューを果たした。実際のタムリンさんは気さくで、底抜けに明るく、いつも元気だ。これまで陽気な彼女の姿しか知らなかったのだが、彼女の話は心に響いた。生徒たちに真剣な眼差しを向けつつ、「チャンスはいきなりやってくる。私は二世ウィークの女王になった時、まさか女優になるなんて考えもしてなかった。けれどもチャンスは突然やってきた。そして私はそのチャンスを掴んだの。大事なことは、いつその時がきてもよいように勉強し準備しておくこと」と話してくれた。
 ちなみにタムリンさんの亡父は警察官だった。今回の交流プログラムでは、現在UCLAで教べんを取るトリシア・トヨタさんの講演も行ったが、トリシアさんは、ニュースキャスターとして活躍していた1980年代、日系人というだけで視聴者や同僚たちから偏見と差別を受け、毎日のように批判の投書や脅迫電話がテレビ局に届いたそうだ。身の危険を感じたトリシアさんは、とうとうロサンゼルス市警の護衛を受けるようになる。「辛い日々だったけれど、ロサンゼルス市警は本当によくしてくれた。その警察官には心から感謝しているわ」。トリシアさんの警護を担当した警察官が実はタムリン・トミタさんのお父さんだったのだ。
 差別と偏見に負けずジャーナリストとしての志を貫いたトリシア・トヨタさん。そのトリシアさんを献身的に警護した日系人警察官。そしてその娘であるタムリン・トミタさんは人一倍努力してチャンスを見事に生かした。「我慢」や「努力」「助け合い」の精神は、今でも日系コミュニティーに脈々と流れている。コミュニティーの人たちから学べることは多いとあらためて感じた。【海部優子】

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