正露丸

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 10月15日の日本の報道で、大阪で胃腸薬「セイロガン糖衣A」を製造する大幸薬品が商品名や包装が似た「正露丸糖衣S」を販売する富山の会社を相手に包装の使用差し止めを求め訴訟していたが、最高裁が上告を退けたと出ていた。1、2審とも判決は「正露丸」が多数の業者に使われている普通名詞だとして原告の請求を退けている。今回の最高裁決定で大幸の敗訴が確定した。正露丸の名で約30種類も販売されているらしい。名前はそれ程普及していた。僕はこの記事で古い感慨が呼び起こされた。
 正露丸は元々の名前は征露丸だった。これは約110年前の日露戦争に関係する。日露の開戦寸前に出た征露丸は兵隊たちの腹痛予防や下痢止めの胃腸薬として使用された。軍の装備品となり、これを飲んで腹を直して元気に戦いロシアに勝とうとの意味で征露丸と名付けられたという。
 ところが昭和の大戦後にロシアを征伐しようというのはまづいということになり、征のぎょうにんべんを取って現在の正露丸となった。
 ちなみに大幸薬品は「ラッパのマークの正露丸」として知られるが、このラッパのマークとは日露戦争のまた10年前の日清戦争で戦死した陸軍の木口小平ラッパ手の美談がモデルだ。木口は銃弾を受けても突撃ラッパを吹き続け、絶命しても口からラッパを離さなかったと、明治から昭和の戦前まで英雄として知られた。
 また、ラッパのマークで当初発売された薬は「忠勇征露丸」の名だった。さらにだ、大幸のセイロガンは7年前に防衛省に採用された。百年ぶりの装備品復活である。
 話を戻すが、昭和の大戦後に征露丸を正露丸と変えた考え方が気に入らない。戦後の平和、民主のというより、敗戦のちぢんだ精神構造により征を正としたのだ。意味がなくなる。これは過去の歴史。今のロシア人に対しても「当時こんな背景でこの名前が付いたんだよ」と笑って話せること。お互い歴史の話。過去の戦勝記念を毎年大祝いする国はたくさんある。敗戦したからと言葉を姑息に変えてしたり顔という行動は堂々とせず情けない。
 その点、奈良県の日本医薬品製造という会社は今も「征露丸」の名前で販売しておりエライ。【半田俊夫】

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