空(くう)を思う

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 旧約聖書の伝道の書の冒頭に、「空の空、空の空なるかな、すべて空なり。…世は去り世は来る、地は永久に長存なり。日は出で日は入り、またその出でし処に喘ぎゆくなり、」というフレーズがあります。すこし難しいですが、この世の中では何をしても空であり、自分がいくらもがこうとも、自然のものは移り変わるだけであって永遠のものとして存在するのだという確信を伝えています。作家の堀田善衛は、「空の空なるかな」というフレーズを好んで使っていたそうです。この堀田善衛の思想に影響されたのがアニメーターの宮崎駿監督です。彼のアニメ作品には、ニヒリズムというべき空の思想が散りばめられています。さらに、このフレーズはアーネスト・ヘミングウェイの作品にも影響を及ぼし、長編小説「日はまた昇る」のタイトルにも反映されました。
 一方でインドから伝わった般若心経には、「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色」というフレーズがあります。ここでいう「色」とはカラーのことではなく、世の中の目に見える物質的な現象のことを指します。そして「空」とは何も無いという意味ではなく、世界を支配する法則や絶対的な存在を意味しています。物質的な存在は、実は絶対的な存在や意識によって成り立っているのであり、目に見える存在(「色」)と見えない存在(「空」)は干渉しあって成立しているという意味だそうです。般若心経に書かれた「空」や「無」の価値観は、ジョン・レノンによって、「天国も地獄も国境も宗教も無い」(「イマジン」)と歌われました。またスティーブ・ジョブズの価値観にも大きな影響を与えて、私たちの手元にある携帯電話にもその無常観や世界観が刷り込まれているのです。
 驚くのは、別々の時代や宗教から発せられた「空」が、時代を超えて強烈に存在し、それを深く理解する人に大きな影響を与えているということです。心を揺さぶる価値観というのは、時間や国境や人種や言語を超越するところにあるのかもしれません。【朝倉巨瑞】

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