司会生活50周年:西タックさん

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ぴーぷる

司会生活50年の西タックさん

司会生活50年の西タックさん

 50年間で立ったステージは950回を超えた。「健康で、家族の支えがあったからやってこられた」と感謝の念に堪えない。任された司会は「1度もキャンセルしたことがない」。責任感が強く、母とよさんが亡くなった週末も、悲しみをこらえ舞台に上がった。「楽しみに来る客に辛い顔を見せてはならない」と、何事もなかったかのように気丈に振る舞い、脇役に徹した。

森繁久彌から1974年に贈られた詩を抱く西さん

森繁久彌から1974年に贈られた詩を抱く西さん

 78歳の今もなお現役で庭園業を営む。週末はショーで使うスピーカーやアンプ、照明機材など大小の道具をピックアップトラックにいっぱいに積み込み、イベントに出掛ける。「好きなことをして、チャリティーで社会貢献もできる」と胸を張る。「司会で人の輪が広がることが何よりの財産」だ。数々の奉仕活動を通し「社会はみんなで支えるもの」と教えられ、生涯その教えに沿う構えをみせる。
 杉良太郎、春日八郎、天童よしみ、近江俊郎など大物の米公演の司会を務めた。贈られた数々の記念の品の中で、故郷鹿児島の情景が目に浮かぶ1つの詩を宝物とする。
 桜島の煙りよ
 錦江湾の波の音を
 空高く月のある夜
 涙して人生を想う
 行きとし生きるかぎり
 道をゆかねば
 タック西君のために
 森繁久彌
 カラオケ愛好家の数は、往事に比べ滅法減った。「時代の流れなので、逆らえない」「『後の人に…』と簡単に言うけど、後継者を育てるのは難しい」と冷静に語る。「いつまでショーが続くか分からないけど、好きな人と、できるだけ長く続けて楽しめばいい」と楽観的。森繁久彌からもらった「行きとし…、道を…」を胸に「歌の仲間たちとともに」ステージに立つ。【永田潤、写真も】

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