宍戸元校長:福島の「その後」を報告

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南加からの応援メッセージも伝達

アメリカの子どもたちからのメッセージが書かれた鯉のぼりと鮫川村青生野小学校の子どもたち。最後列右端が宍戸さん

アメリカの子どもたちからのメッセージが書かれた鯉のぼりと鮫川村青生野小学校の子どもたち。最後列右端が宍戸さん


 東日本大震災発生時、福島県内の小学校で校長を務めていた宍戸仙助さん。今年4月に南カリフォルニアの学校を訪問し、福島の子どもたちを取り巻く現状を説明した。アメリカの子どもたちから預かった温かい応援メッセージを福島の子どもたちに届けた際、宍戸さんが見た現場の「その後」について話してもらった。【中村良子】

 東日本大震災、そして、あってはならない福島県の原発事故から3年9カ月が過ぎました。東京電力福島第一原子力発電所の核燃料プールからの溶融燃料の取り出し開始は、予定より5年遅れることが発表されました。汚染水問題の解決もほとんど進んでおらず、小中学校で、事故直後に実施された除染による汚染土は、それぞれの学校の校庭に埋設されており、それは県内に建設される中間貯蔵施設への移動の対象外とみなされているなど、新たな問題となっています。
 そうした中、放射能の危険を知りながら、高い線量の地域に住み続けなければならない人たち。そして、涙を飲んで愛する家族や思い出多き故郷を離れ、異境の地で暮らす人たち。どの人たちにとっても、苦渋に満ちた日々となっています。
 しかし、原発事故と放射線被害を考え続けて毎日を送ることはできません。忘れなければ、その毎日の生活はつらく、苦しく、耐えがたいものです。その「思い」にふたをして、一時でもそれを忘れようとしているのです。
 そのため、福島に住み続ける人、福島を故郷とする人たちの間では、もう、その話題は「タブー」なのです。県内の公立小中学校を訪問させていただく際も、「放射能問題には触れないでください」とはっきり言われるのです。
アメリカからのメッセージを読む南相馬市立鹿島小学校の子どもたち

アメリカからのメッセージを読む南相馬市立鹿島小学校の子どもたち


 南カリフォルニアのドワイヤー・ミドルスクール、ハート小学校、ハンティントン高校、チャップマン大学の子どもたちからもらった心温まる励ましのメッセージの書かれた「赤い鯉のぼり」を持って、帰国後に福島の小、中、高校を訪問し、子どもたちを励ましました。
 子どもたちからは、「夢と希望を忘れずに、これからもしっかりと勉強に運動に頑張ります」「世界中の国を守りたいと思いました」などの声が寄せられ、先生方からも、「海外からの多くの励ましを忘れず、前向きに日々を過ごしていきたい」などの感想が寄せられています。
 10月末に、県知事選挙がありました。6人の候補者で原発事故以後とこれからの県政を問う選挙でした。だれが当選したかより、その投票率の低さが問題でした。45・85%、県知事選の歴史で2番目に低い投票率。日本中からの支援、世界中からの励ましをいただきながら、自分たちでその知事を決めるための投票にさえ足を運べなかった県民が半分以上との結果に、愕然としました。しかし、それほどまでに、「だれが知事になろうと、この現実は変わらない」と思う大人たちの中で生きる子どもたちの心が心配です。
 こうした中で、私たちにできることは、どんなことなのでしょう。グランドキャニオンの麓に捨てられたウラン鉱山を視察しました。ベトナムの中部高原では、枯れ葉剤によるダイオキシン問題がいまだに続いています。世界には、ポリ塩化ビフェニル(PCB)やアスベストを含む船舶解体の問題もあります。原発事故問題も、これら世界的な問題の一つとして考え、グローバルな解決方法を目指していかなければならないのです。そのためにも、原発事故問題については、「子ども被災者支援法」の趣旨が生かされ、子どもたちが無用な被ばくから守られることに海外からも支援をお願いできれば幸いです。
 しかし、今、苦しんでいる子どもたちのためには、学校教育活動の一環として、長期間子どもたちが県外で生活するための「移動教室」の必要性を訴えたり、子どもたちが大きな「夢と希望」を持つための出前授業や講演会を継続するなど、ローカルに行動していかなければならないと考えています。

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