「新年の誓い」の裏返し

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 年々歳々花相似たり歳々年々人同じからずという。
 手入れも行き届いていない庭の片隅からフキノトウが自然と芽を出してくる半面、肉親や知り合いが黄泉(よみ)の世界へと去っていく…諸行無常は世の習い。花咲くも無常であり、花散るもまた無常。
 時は金なりで、時間を大切に使わなければいけないことは分かってはいるけれど、時の移ろいは容赦がない。気がつけば今年もはや1カ月が過ぎようとしている。多くの人にとって、そろそろ「新年の誓い」が破られるころかもしれない。
 ある調査によると、今年、アメリカ人の約48%がいわゆる「新年の誓い」を立てている。日本流にいえば「一年の計は元旦にあり」ということになるが、その内容を多い順に列記すると—①減量する②整理整頓する③無駄遣いしない④人生を楽しむ⑤健康体を保つ⑥刺激的で楽しいことに挑戦する⑦禁煙する⑧人の手助けをする⑨恋愛をする⑩家族との時間を大切にする—の順。
 ところが、元旦に誓いを立てた人のうち、1週間後には25%がすでにその誓いを破っている。この人たちは「三日坊主」と揶揄(やゆ)されても致し方ない。
 半年後にはどうか—。昨年までの例だと、なんと46%の人が新年の誓いを守っていて、「けっこう、みな頑張っているなあ〜」との印象。最終的には8%の人が年間を通して「新年の誓い」を守っている。
 夢や希望は大きく持つことに越したことはないのだけれど、新年の誓いは大きすぎると実現が難しい。例えば、一番多かった減量の誓いを立てるのなら、30ポンドの減量を目指すより、まずは10ポンドの減量を目標にしたほうが、はるかに実現性が高まる。
 理屈は、正にその通りである。ただ、誓いの内容をみてみると、凡人には難しいことばかり。逆説的に言えば、なんと多くの人が安易な日常を送っているということにもなる。
 フキノトウの苦味はオツなものだが、実生活での苦味は遠慮したい。それには、新年の誓いを一つでも多く実現するっきゃない。【石原 嵩】

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