日本語事情いろいろ

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 日本に行くと、いろいろな新しい流行が社会の中で日々生まれ、米国より早いテンポで流行り、かつ消えていくのを感じる。
 言葉の流行りすたりも同じで、主に若者が主導する流行言葉も次々生まれる。言葉の世界は悪貨が良貨を駆逐する傾向が強く、流行語は語彙の貧困を感じさせるのが多い。
 まじっすか、むかつく、うざい、なにげに、そっこー、チョー等々どれも品がないが、いずれは泡のように消えていくだろう。若ぶりたいのか若者の真似をして使う大人もいるがバカに見える。
 言葉には流行とは別の社会事情の変化による栄枯盛衰や変遷もある。いま日本でハーフという言葉は、戦前戦後の日本では混血児とかあいの子と言った。
 外人との子供は珍しい目で見られたが差別語ではなく、外国語をやたら安易に取り入れない時代の普通の言葉だった。それがいつしかハーフが出て来た。
 僕は混血児が使われた時代の世代だから、ハーフつまり半分なんて失礼な言葉だと感じたが段々定着し、いつしか格好いいとする風潮すら生まれた。僕にはハーフこそ違和感があるが。
 それが最近はハーフと呼ばれる側が自分たちは半分ではない、ダブルだと主張を始めていると聞く。二つの文化や資質を持っているとの主張だろうがダブルつまり2倍というのも何かしっくりこない感じだ。
 肌色という言葉も従来は日本人の間だけならそれで良かったが、日本にも諸国の外人が出入りして肌の色も白、黒、黄、赤などそれこそいろいろになったので従来の肌色という言葉ではどの色か示せなくなった社会事情もある。国際化により日本人の共通認識が改訂されるわけだ。
 従来からある将棋倒しという言葉に将棋連盟が意義ありとしてメディアに不使用の要請が出ているらしい。「会場いっぱいの人が将棋倒しになり、けが人が多数出た」のような悪い例に使われがち故の異議申し立てと聞く。代わりに「折り重なって倒れ、けが人が多数出た」のようにしてほしいとの要請。将棋倒しでいいじゃないかと思うが将棋連盟は嫌なのだ。
 嫌と思う当事者がいればメディアはその気持ちを汲んで変わっていくだろう。社会事情の変遷により言葉も変わってゆく。【半田俊夫】

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