火事と虫眼鏡

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 いつの間にか、老眼鏡と虫眼鏡を重宝する年代になった。ホテルに備え付けてあるファンシーな小瓶のどちらがシャンプーやらリンスやら、ほの暗い浴室の中では見分けづらい。自分の視力が衰えたためだが、「これからもっと高齢者が増えるのだから、字も大きくすればいいのに」などつい考えてしまう。
 それはともかく、思いもかけないことに先日、虫眼鏡が原因で火を出しそうになったので、ここでご報告しておきたい。
 夫が古い物好きなので最近、虫眼鏡は家のあちこちに置いてある。古い時計やランプを買って来ては、小さな字で刻まれているメーカー名を調べ、制作年代を調べ、磨いたり修理・調整したりするのが楽しみの一つなのだ。
 その夫が「あっ」と叫んだのは、よく晴れた朝のこと。見ると、台所のカウンター近くから一筋の煙が立ち上っている。あわてて近よれば、板壁が黒く焦げつつある最中だった。「いったいなぜ?」と混乱していると、夫が「これだ!」と、窓際に置いた筆立ての中から急いで虫眼鏡を取り出した。
 外からの陽光がガラス窓越しに虫眼鏡にあたり、ちょうど焦点となったところに板壁があって、太陽光の熱で焦げ始めたのだった。まだそれでも信じられないという顔を私がしていたのだろう、夫は新聞紙を広げて虫眼鏡の焦点を当て、新聞紙からたちまち煙が立ち上るのを私に見せた。
 そういえば以前、金魚鉢が原因で家が焼けたとの記事を読んだことがある。が、まさか筆立ての虫眼鏡で自分たちが火を出しそうになるとは。留守中でなかったことに胸をなでおろし、早速に虫眼鏡は窓際から取り去った。
 「泥棒も強盗も財産の全部を盗むことはないけれど、火事は一つ残らず持って行く。時には命さえ」とは、私の子供の頃の母の口癖だ。寒い季節には火事が多く、「マッチ一本火事の元、火の用心」と夜回りも行われていた。
 今は家電等の発達で、七輪・練炭・薪などを煮炊きや暖房に使うこともなくなったが、油断すれば火事の元は相変わらず身の回りにあることを今回の騒動で思い知ったことだ。皆さんもどうぞご注意を。【楠瀬明子】

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