創立40周年記念、盛大に祝賀:島との絆、いっそう強める

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南加奄美会

南加奄美会創立40周年と奄美群島日本復帰60周年を祝って乾杯する(左から)西元和彦会長、伊集院幼・大和村長、朝山毅・奄美市長ら

南加奄美会創立40周年と奄美群島日本復帰60周年を祝って乾杯する(左から)西元和彦会長、伊集院幼・大和村長、朝山毅・奄美市長ら

 鹿児島・奄美諸島出身者で構成する同郷人会「南カリフォルニア奄美会」(西元和彦会長)は創立40周年と、奄美群島の日本復帰60周年の記念イベントを17日、サウスベイで開催し、来賓の朝山毅・奄美市長、伊集院幼・大和村長ら一行37人とともに盛大に祝った。「奄美島唄と大島紬ショー」では伝統芸能と工芸品の紹介という郷土文化を前面に押し出す演出を行い、祝賀会は奄美特産の焼酎で祝杯を挙げ語り合い、島との絆をいっそう強めた。

島唄を披露する中村瑞希さん(右)と、観客とともに手遊びをする笠利ひさなさん

島唄を披露する中村瑞希さん(右)と、観客とともに手遊びをする笠利ひさなさん

 南加奄美会は1975年の暮れに、島出身者7、8人が「島んちゅう(島民)の飲み会を持とうではないか」と、集まったことに始まる。以来、各種イベントを開き親睦を深めて40年。現在は約40家族が属し、ゴルフ大会と新年会を中心に親睦を深めている。メンバーは、奄美の進取の気性を発揮し、事業を起して成功した人が多い。その多くが要職を務める鹿児島県人会など、さまざまな親睦・奉仕団体に属してリーダーシップをとり、また金品を寄付し社会貢献を果たしている。
 2003年は天皇・皇后両陛下ご臨席のもとで、名瀬市で執り行われた奄美群島日本復帰50周年記念式典に同会から15人が参加した。同年はまた、与論島出身のかりゆしバンドと歌手の小野綾子さんのロサンゼルス公演を支援し充実した活動をこなした。10年に郷土が豪雨に見舞われ甚大な被害が出た際に、同会はいち早く対応。日系社会の横のつながりを生かして支援を得、義援金約1万1千ドルを送るなど、島との絆を大切にする。
大島紬の展示・即売では、ネクタイや小物入れ、ハンカチなどさまざまな品々が並んだ

大島紬の展示・即売では、ネクタイや小物入れ、ハンカチなどさまざまな品々が並んだ

 参加者約300人を集めた記念イベントのショーは、トーレンスのアームストロング劇場で開かれ、会場入り口で大島紬の展示即売が行われた。着物はもとより、ドレスにベスト、バッグ、巾着、小物入れ、スカーフ、ネクタイ、ハンカチなどさまざまな品々がホールを彩った。徳之島の闘牛を中心にした写真展も開かれ、好評を博した。
 ショーは、はじめに奄美の青い海と空といった豊かな自然と文化、特産物などを紹介するビデオが流され、メンバーは郷里に思いを馳せた。日本復帰60周年は2年前だったが、同会は創立記念行事と同時に開いており、復帰運動で島の人々が熱唱し歌い継がれた「日本復帰の歌」を合唱し祝った。
 島唄者2人は、各地の民謡大会で数多く受賞している中村瑞希さんと、期待の若手の笠利ひさなさんが6曲を演奏。三味線と唄を披露した中村さんは選曲を「40周年に合わせたお祝いの曲と、懐かしく島を思い出す人気のある曲を用意した」という。奄美会のメンバーについて「故郷から遠く離れた国で根を下ろして、奄美のことを伝えてくれてすばらしい」とたたえ「子ども、孫たちが、奄美の心を受け継いでほしい」と願った。笠利さんは唄とともに、旧正月に子どもたちがかつて興じた「手遊びを」を観客に教え、ともに遊び「お客さんのノリがよく、一緒に手遊びができてうれしかった」と喜んだ。大きな拍手を送られ「受け入れてもらい緊張がほぐれた。奄美を思う気持ちが伝わってきた」と話した。
おやじバンド「まぶらい」のボーカル加川徹さん(右)とギターの丸野清さん

おやじバンド「まぶらい」のボーカル加川徹さん(右)とギターの丸野清さん

 また「NHK第15回熱血オヤジバトル全国大会」でグランプリを獲得した徳之島出身のおやじバンド「まぶらい」のボーカル加川徹さんと、ギターの丸野清さんは、各島で異なるという方言で歌ったり、島の現状をおもしろおかしく表現した歌詞の歌を歌って笑いを誘うなど沸かせた。
 大島紬を紹介するファッションショーは、男女のモデル約40人が登場。独特の製法で作られるさまざまな種類の着物やドレスを身にまとい、ポーズをとるたびに、大きな拍手が起こった。最後は有志がステージに上がり、島のブルース(三沢あけみ)と徳之島の闘牛シーンを唄った「ワイド節」に合わせて踊り、会場は一体となりフィナーレを飾った。
 ガーデナの中華レストランで行われた祝賀会には、約240人が参加した。飲んで、歌って、踊り、祝宴は盛り上がった。日本から訪れた合わせて約30人の鹿児島、東京の両奄美会のメンバーと語り合い「初対面とは、思えないほど」などと、意気投合。ラスベガス旅行もともにした。
 朝山・奄美市長は、奄美会との交流について「島唄と大島紬を紹介してもらい、うれしくありあがたく思う。島唄のリズムに乗ってウキウキと踊り、メンバーの体の中には島の原点が染みついていると思った」と話した。被災時の奄美会からの励ましの言葉と義援金に対し「物心両面で支えられた。忘れることはない」と感謝に堪えない。帰島後の報告は「われわれの先達は、郷土を愛してアメリカの大地で根をしっかりと張っている。奄美会を作って、助け合って励ましながら、後輩も育てていてすばらしい」とし、「奄美会を誇りに思う。これからも友情を深めていきたい」と抱負を述べた。
ステージに上がり、島唄に合わせて踊る参加者

ステージに上がり、島唄に合わせて踊る参加者

 伊集院・大和村長は、メンバーの渡米後の苦労を察しながら「島の人たちが、手を取り合って太い絆の中で、奄美会を築き上げ40年になり敬意を表したい」とたたえた。「奄美会と交流したことをみなさんの気持ちとして責任を持って、しっかりと伝えたい。奄美会からもらった元気を島に持って帰り、奄美のますますの発展につなげるように頑張りたい」と話した。さらなる交流に意欲を示しながら、メンバーに向け「若い人が受け継ぎ、ますますの発展を願いたい」とエールを送った。
 西元会長は、記念行事について「大島紬と島唄を紹介でき、みなさんに喜んでもらえてよかった」と胸を張り「ショーで若い人が『大島紬を着ることができて本当によかった』と誇りに思ったことがうれしい」と述べた。訪米した同郷人と親睦し「旅にも一緒に行って、心が通じ合った。遠い奄美がぐっと近くなった感じがし、絆が強まり今後の活動の励みになった」と喜んだ。今後については「50周年に向けメンバー間で親睦を深め、奄美の市町村と連携しながら、物産、伝統芸能を紹介し奄美のよさを伝えたい」と抱負を述べた。【永田潤、写真も】
さまざまな種類の着物やドレスを披露した大島紬ショー

さまざまな種類の着物やドレスを披露した大島紬ショー


「ワイド節」に合わせて踊る西元和彦会長(中央)ら

「ワイド節」に合わせて踊る西元和彦会長(中央)ら

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