67歳の鉄人、ジョー小形さん:フルマラソン全212回完走

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LAマラソンへの道①

ボストンマラソンを4度制したビル・ロジャーズ(左)と記念写真に納まる小形さん

ボストンマラソンを4度制したビル・ロジャーズ(左)と記念写真に納まる小形さん

 15年間のマラソンキャリアを持つパコイマ在住のジョー小形さんは、出走した212回すべて完走という記録のみならず、67歳という年齢、さらには3時間30分を切る好タイムを出す、まさに鉄人ランナーだ。身長5フィート4インチ、体重120パウンドの体形からは想像もできない強靭な体力を備える「小さな巨人」は、14日のロサンゼルスマラソンに向け、練習に余念はない。【永田 潤】

 マラソンの練習を始めるまでは、ランニング経験はなく「走るのは、大嫌いだった。学校の体育でも遅かった」という。走り始めたきっかけは、2000年のLAマラソンに初参加した米国人ランナーが40歳で完走した新聞記事を読み「感化された」。「見よう見まねで始め、長続きはしないだろう」と自身を疑いながらも、当時51歳で走り出すと「自分にもできた。走り切った後の爽快感がたまらない」と、今日まで続けている。

今年1月にロサンゼルスで開かれたハーフマラソンで力走する小形さん

今年1月にロサンゼルスで開かれたハーフマラソンで力走する小形さん

 練習は、出勤前の朝4マイルの日課をこなした。退職後は自由な時間が増え、1日の走行距離は8・6マイルに伸び、体力を維持。「1つの習慣になって、気持ちが引き締まる。1時間黙々と走っている」。好記録が、努力の成果を物語っている。
 2000年の初マラソンで3時間48分という好タイムを出すと、波に乗り大会に出続けた。今もレースには年に12、13回、月に約1回のペースでコンスタントに参加。ベストタイムは、10年前に記録した3時間22分46秒。4カ月前に走ったベンチュラでは3時間29分台で終え、体力の衰えは感じさせない。昨年も土、日に2日連続で開かれた2大会にエントリーし、それぞれ完走。これまでの記録は、3時間台199回、4時間台12回、5時間台1回で、途中棄権は1度もないという。
 5キロ、10キロ、ハーフマラソン、それぞれ100回以上出場。一番辛い距離は意外なことに「出だしからずっと、飛ばさないといけない」という5キロだという。さらに「ハーフだからといって、フルマラソンの半分の力で走るのではない」と強調し、ペース配分は走る距離で設定し、それぞれのゴールを目指す。
 地元では、初マラソンのロングビーチ、ロサンゼルス、オレンジ郡、ハンティントンビーチ、サンディエゴなど、すべての大会を走った上、サンフランシスコ、ナパバレー、フェニックスへの遠征は、車を運転し泊まり込みで臨んでいる。完走のメダルや年齢別優勝のトロフィー、盾、賞状は「飾るところがないほどある」と、冗談交じりに話す。
 年齢別優勝を果たすこと14回。だが、すべてを走った「6大マラソン」(東京、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、ロンドン、ベルリン)では、まだ1度も1位に輝いたことがなく「まだまだ速いのがいるので、頑張らなければいけない。メジャーで優勝してみたい」と目標を高く持つ。

3時間台の目標、199回記録
LAで「200回記念を飾りたい」

サクラメントの加州会議事堂を背に、両手を挙げて完走を喜ぶ小形さん

サクラメントの加州会議事堂を背に、両手を挙げて完走を喜ぶ小形さん

 小形さんのロサンゼルスマラソン参加は、2001年から数えて、次で15回目。自身213回目のレースの目標は「4時間を切る」こと。これまで3時間台を199回記録しており「200回記念を飾りたい」と、地元での達成に意気込みを持つ。過去の2、3年は、4時間を切ることができないことが続いたというが「今は、体調が戻ってきたので期待できる」と自信を示している。
 コースは、ドジャー球場を起点に、ダウンタウン、エコパーク、ハリウッド、ウエストハリウッド、ブレントウッド、サンタモニカでゴールする。「アップダウンが激しく、走るにはたいへん」と話す半面、「ロサンゼルスのコースは、景色がよくてとても賑やかでいい。土地勘があり、リトル東京やチャイニーズシアター前を通るので楽しく走れる。ゴールのサンタモニカの海岸を見るとホッとする」とスタートを心待ちにする。
 沿道から受ける温かい応援を完走の糧にする。もちろん「がんばれ」という日本語の声援も待っている。本番には「日本」と書かれた鉢巻きを締め、気合いを入れてスタートラインに立つ。

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