【シリーズ3】南加庭園業連盟:日系団体として唯一「敬老」売却に反対

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歴史的背景と世代間の葛藤を見つめ、今後の日系社会を探る

リンカンハイツの敬老看護ホームでの作業中、看板前で記念に一枚。2008年5月11日撮影。(写真=南加庭園業連盟提供)

リンカンハイツの敬老看護ホームでの作業中、看板前で記念に一枚。2008年5月11日撮影(写真=南加庭園業連盟提供)

 売却反対運動の舞台となった高齢者施設「敬老」は、南加庭園業連盟が30年以上ボランティアで庭園の手入れをしてきた思い入れの深い場所だ。ここで人生の最後を迎えた先輩たち、これからお世話になろうと思っていた会員たちも多い。売却を「切実な危機」として受け止めた連盟は「敬老を守る会」の反対運動に参加することになる。【中西奈緒】

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(3)老後の安心が脅かされる〜反対運動に参加へ

 「敬老」売却の話題が表に出たのはおよそ3年前。連盟顧問の小山信吉さん(81)は、当時敬老に入居していたメンバーから話を聞き、不安がっていたことを覚えているという。しかし、日系社会の多くの人がそうであったように、売却話が1度ご破算となったことから売却はなくなったと解釈し、油断した。実際は着々と準備が進められており2015年9月、別の会社への売却をカリフォルニア州司法当局が承認し、羅府新報の記事で状況を知ることとなる。

 州司法当局から出された条件によると、売却されても5年間は現在のサービスが維持され、日本文化にそった内容のサービスが提供されることになっている。しかし、その後はどうなるのか何の保証もないことから、老後の安心を脅かす重大な問題として受け止められた。

 小山さんは、羅府新報の2016年新年特集号「どうなる?敬老売却問題」に当時を思い出してこうコメントしている。
 「連盟として30年以上、リンカーンハイツの看護ホームで庭園の手入れをボランティアでしてきました。毎回20人くらいのメンバーで年に6回です。私の母親が15年前このホームにいて亡くなったこともあるので、敬老への思いはひとしおです。おととしの12月頃、連盟のメンバーで入居している人がいて、売却のことを心配していたのを覚えています。しかし、去年の9月になって、敬老売却手続きがエスクローに入ったと知って、まさかそこまで話が進んでいるとは知らず大変なことになってしまったと思いました」と焦りや後悔の様子を見せた。

 そして、小山さんは連盟のメンバーが高齢化し、彼らの多くが日本語を中心に話す戦後移住者(新1世)だと強調。「長年一緒に活動しているメンバーのこと、そして私自身も将来のことを考えると、とても他人事ではありません。現在、すでに敬老で暮らしているメンバーもいますが、敬老のような日本語でサービスを受けることができる施設が必要になるのはこれからなのです。一般的に、75歳にもなると、明日どうなるか分かりません。心のよりどころがあるのとないのとでは将来への安心度が違います。普段英語を使って生活をしていても年をとって認知症などになった場合、もともとの言語である日本語に戻ってしまうという話も聞いています」と話し、「いざ自分が年をとって、敬老の存在の大きさに初めて気がつくのでは遅いと思います。ですから、いま出来ることをメンバーと力を合わせて一生懸命にやっていきたいと思っています」と力を込めた。

 その後、小山さん、同じく顧問の堀尾誠治さん(77)、漆谷敬司さん(72)の3人の戦後移住者たちが敬老売却に反対する「敬老を守る会」のメンバーとなった。その後、連盟として一致団結して反対運動をサポートしようとした矢先、思わぬ問題に直面する。連盟内の日系3世メンバーとの軋轢(あつれき)だ。(つづく)

2003年に植えて大きくなった桜の木の前で。2008年5月11日撮影(写真=南加庭園業連盟提供)

2003年に植えて大きくなった桜の木の前で。2008年5月11日撮影(写真=南加庭園業連盟提供)

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