『党人の歎』

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 私たち詩吟流派が催す恒例の「春季吟詠大会」が先月末に実施された。会員自身が選んだ吟題を吟詠するのだが、その中で師範の一人が吟じた詩が私にはひときわ印象深く響いた。その吟題は「党人の歎」という詩で、安井朴堂という明治から活躍した教育者で、詩の内容は明治の政党人の対立、抗争、謀略に憤慨する内容の詩だ。この詩を現在の政界に置き換えても相通ずる内容であり、政治家とか政党人は昔も今も少しも変わらず、進歩の跡が見当たらないと痛感するものだ。以下はその「党人の歎」の詩(読み下し、一部略)と大意だ。
 党人党人 汝 何の職ぞ / 飢ゆれば則ち咆哮し 飽けば則ち黙す / 党利 甚だ重くして 国利軽し / 頭顱 幾百 尽く臧獲 / 巧言 簧のごとく 鷺を烏と為す / 手に利権を握れば 虎に翼有り(略)山は抜くべく 鉄は磨すべし / 嗟乎 党人 汝を如何せん。
 (大意)党人よ、諸君の職務はいったい何なのだ。諸君はおのれの欲望が満たされない時は猛獣のごとく吼え、それが満たされると、言うべきことも言わず沈黙を守る。党の利益は重視するが、国の利益は軽視する。議場に幾百の頭を並べながら、すべて教育のない召使いと変わりない。弁舌は滑らかで笛の舌のそよぐが如く、詭弁を弄して白い鷺を黒い烏と言いくるめるくらいは朝飯前、ひとたび利権を手に入れると虎に翼を生じたように暴威をたくましくする。(略)山は動かすこともできよう。鉄も磨滅させることはできる。ああ、政党人よ、いったい諸君はどうしたらよいのだ。まったく困ったものだ。
 今の政治家は弁舌鮮やかに口を開けば天下国家を論じていても、その実は党利党略に精力を注ぎ、自分の立ち位置を次の選挙でいかに有利にするかに汲々としているのが見え見えだ。もっとも、これらを選んでいるのは他ならぬ私たち有権者であり、政治に関心を持たず、投票にも行かない有権者は真剣に民主主義の意味を考える必要があるのではないだろうか。
 政党とか政治とは結局は政治家個々の資質であると同時に、有権者である私たちが日常の中で政治を考える民度の問題といえそうだ。【河合将介】

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