熊本地震からひと月

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 新幹線が熊本駅に近づくにつれ、ブルーシートで覆われた屋根がいくつも窓の外に見えてきた。瓦のほとんどが落ちた家も…。
 熊本・人吉温泉で5月に予定されていた夫の大学同期生会は、4月の地震で中止かと思われた。しかし、交通機関の復旧とともに幹事からは「被災地支援のためにも決行」と連絡があり、私たちは熊本に向かったのだった。
 熊本駅で肥薩線に乗り換えると、列車は、八代からは球磨川を遡って山中に分け入る。渓流沿いを1時間ほど走ると次第に四方が開け、人吉盆地に到着した。人吉では、建て替え予定だった市庁舎以外は被害無しとのことだったが、地震の影響は別の形で現れていた。
 「当ホテルだけで4月中に4300件のキャンセルが入り、(高速道路や新幹線の復旧した)5月もキャンセルは5000件を超えています」と、ホテル支配人。球磨川下りの船頭も、「例年なら忙しいシーズンなのにお客がいない」とこぼした。
 ホテルには、地震関連の滞在客もいた。復興作業に従事する人々で、被災地に宿泊可能なホテルが足りないため1時間以上かけて通うのだという。最初は東京ガスなど全国から応援のガス復旧チーム、現在は仮設住宅建設関係者の宿舎となっている。ホテル玄関には「感謝:復興支援作業おつかれさまです」と大きな貼り紙が掲げられていた。
 避難者もまたホテルに。震源地に近い上益城の御船からという女性は、「10日前からここにいます。脳梗塞を患った夫は当地でリハビリを受けてます」。
 人工透析やリハビリの必要な被災者には、費用を県が負担してホテルへの避難を可能にしているのだという。
 旅行者には快適なホテル滞在だが、先の見えないホテル暮らしは大変だろう。女性は「夫は家に帰りたがってます」と話した。
 これまで地震の少なかった九州だけにショックは大きい。同期会参加者の一人は熊本市内で二度の大揺れに遭遇し、その揺れの激しさを語った。
 実家が被災した友人に見舞いの電話を入れると、「年寄りに避難生活は辛いだろうから、両親が数年前に亡くなっていたのは良かったのかも知れない」としんみり話す。
 一日も早い復興をと祈るばかりだ。【楠瀬明子】

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