日系被爆者:オバマ大統領の広島訪問歓迎【下】

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「未来に向けた大きな一歩」「謝罪は解決にならない」

左から更科洵爾さん、ハワード蠣田さん、難波亘さん

左から更科洵爾さん、ハワード蠣田さん、難波亘さん

 多くの日系被爆者たちの悲惨な体験や、彼らが発する言葉や思いは、オバマ大統領が唱える「核なき世界」の実現に向けてどれだけの「重み」となり得るのだろうか。5月27日、オバマ氏は現職の大統領として初めて広島を訪問し、戦後移住者を含む日系アメリカ人のコミュニティーにとっても大きな意義を持つ出来事となった。【中西奈緒、写真も】

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Crick here to English coverage

 米国広島・長崎原爆被爆者協会(ASA)のメンバーの一人、難波亘(なんば・わたる)さん(88)は1927年6月26日にカリフォルニアのアカンポ(ストックトンの近く)で生まれ、7歳で広島に渡った。工業高校の1年生だった18歳の時、被爆中心地から1・2マイル(約2キロ)で被爆したが、幸い命に別状はなかった。その頃、両親はカリフォルニアのツールレイク戦時収容所で暮らし、自分はもう死んだと思われていたという。

 難波さんはアメリカに戻って朝鮮戦争に通訳兵として従軍したのち、航空技師として働いた。原爆を受けた生存者として知られていた難波さんは、アメリカ人の同僚たちからいろいろと質問されたのを今でもよく覚えている。「彼らは原爆をまったく理解しなかった。特に自分より若い人たちは。投下された後どうだったのか説明しても、彼らが気にかけていることは原爆投下が正当だったかどうかという点だけだった」—難波さんはそれから自分の経験について話すのをやめた。無駄だと思ったからだ。

 アメリカと日本で暮らし、米軍への従軍、航空技師としての長い経験をもつ難波さんはオバマ大統領について「彼のような大統領を今まで見たことがない。伊勢志摩サミットのタイミングに関わらず、彼は長い間密かに訪問を計画していたのではないだろうか。強い賛否両論があったが、彼は決断した。彼は心の温かい人間だと思うし、とても感銘を受けた」と話す。

難波亘さんと、夫人の礼子さん

難波亘さんと、夫人の礼子さん

◎被爆者たちに残された時間

被爆者たちはますます高齢になっている。戦争中は日本に留まらざるを得なかった、後にキベイ(帰米)と呼ばれる人や戦後にアメリカに移住してきた日本人たちの経験は、今を生きる私たちやこれからの世代にとってかけがえのない貴重な教訓となる。しかし、彼らの声を直接聞けるのは残りわずかな時間しかない。

 マウイ島で生まれ、7歳で広島に移り18歳で被爆した更科洵爾(さらしな・じゅんじ)さん(87)は「話ができるのはあと1、2年。体力的にもだんだんときつくなってきた。もうすぐ話せる人はいなくなってしまうだろうが、それはどうしようもない」と言う。そして「実際にはもっとたくさんの被爆者が、例えば広島県人会などにもいるけれど、過去を思い出したくなくて話をしたくない人たちもたくさんいる。高齢のため話せない人もいる」と現状を話す。「私にできることは、自分の経験を伝え続けることだけ。同じことが二度と起きないように、若い人たちに望みを託したい」という。

◎被爆者の望みと現実の世界

 更科さんはオバマ氏が広島を訪問する様子をテレビで見て「被爆者として、同時にアメリカ国民としてとても嬉しかった。被爆者、アメリカ、日本をそれぞれきちんと立てて、政治的にもよくやったと思う。特に、献花し、亡くなった人たちに黙とうし、被爆者を胸に抱き寄せ、原爆資料館を訪問したシーンをみて感動した」とコメントした。

 同時に、オバマ氏がスピーチの中で「自分が生きているうちに核兵器のない世界を実現することはできないかもしれない」と伝えたことに同意した。

 「アメリカは防衛力なしに無防備でいることはできない。現実に、核兵器を新しくしようとしているし、防衛費はとてつもなく大きい額だ」と理想と現実の矛盾を認めつつ「これは核兵器のない世界への重要な一歩になると信じている。現実はとても厳しいものだが、誰かが動き始めなくてはならない。それができるのはアメリカの大統領だけだ」と話す。

 また、難波さんは、アメリカが核兵器を持つことはこの時代とても重要で、核兵器のない世界は「夢物語できれい事にすぎない」と断言する。

 ハワード蠣田さんは「核兵器をめぐる状況は良くなると思うか。いや、とても疑問だ。北朝鮮、イラン、イスラミック・ステイト(IS)などのことを考えると。彼らが核兵器を手にしたら、迷わずに人を殺すために使うだろう。私が言っていることが間違っていたらと思うけれど、第二の広島や長崎、むしろもっと酷いことを経験することになるかもしれない」と話し、「あれから71年もたって核兵器はずっと高性能になっている。量的にも地球をすべて破滅させるだけの力をもっているだろうし、たった一人の気の狂った人が決断してしまったら、それは現実になる」と不安を示す。

 「オバマ氏の核不拡散を訴えるメッセージに完全に賛成している。広島と長崎の経験から核戦争の結果どうなるか学んでいる」としつつ、「彼のスピーチが核兵器を発展させようとしている国々に影響力を持つことができないのではないかとても心配している。アメリカでさえこれから30年かけて1トリリオン・ドルを使って核兵器を新しくしもっと備蓄しようと提案しているようだ。こういったことは、まさに広島と長崎の教訓が無視されている例だ」と胸の内をさらす。

◎変わりつつある原爆への考え方

 戦後71年経った現在でも、アメリカと第二次大戦の同盟国は原爆投下によって戦争が早く終わり、アメリカ人と日本人の多くの命を救ったと信じている人が多く、同様に核兵器は自分の国を守るために必要だと考えている。現代を生きる私たちは、核兵器を減らし廃絶するという「理想」と、核による抑止力を維持して国を守るという矛盾に満ちた「現実」と向き合わなくてはならない。

 そんな中、2015年8月に発表された非営利調査団体ピューリサーチセンターによる調査結果は、世論の新しい傾向を示している。長い間、アメリカ人は原爆投下を正当化し続け、日本人はそうではなかった。しかし、意見は変わりつつあり、アメリカ人はより正当化する傾向が減り、日本人はより反対する傾向にある。

 この結果は、同センターが民間の調査会社ギャラップ社とミシガン州デトロイトの新聞社デトロイト・フリープレスが行った過去の調査を活用しながら、独自に調査を行ったものだ。

 ギャラップ社が1945年の原爆投下直後に行った調査によると、85%のアメリカ人が原爆投下を容認したのに対して、2005年の調査ではその数字が57%まで下がっている。1991年にデトロイト・フリープレスが行った調査では、63%のアメリカ人が原爆で戦争終結が早まったと正当化した一方で、2015年の同センターが行った調査ではその数字が56%に下がり、34%は正当ではないとしている。日本人は91年の調査で29%が正当化したのに対し、15年の調査では14%となりより反対していることが分かる。

 また、調査結果はアメリカ人の間でも世代間で大きな考え方の違いがあることも示している。65歳以上の10人に7人が原爆投下を正当化しているのに対して、18歳から29歳は47%のみだった。

 この世代間の違いに関しては、イギリスの世論調査会社ユーガブ(YouGov)が2015年7月に行った調査でより具体的に示している。18歳から29歳、33歳から44歳の年齢層で原爆投下は間違いという見方がそれぞれ45%と36%で、正当とする31%、33%を上回り、一方で45歳以上は正当とする見方が強い傾向があることを示した。

 こういった調査結果を見ると、仮に、原爆投下は間違っていたという考えが時とともにより強まっていく場合、核兵器の数を減らし、いずれはなくしていく気運につながっていくかもしれない。世論が変わっていけば、政治家たちが下す核兵器をめぐる政策に何らかの影響を与える可能性もある。

 日系の被爆者たちは自分たちだけの力で核兵器を減らしたり、無くしたりできるという幻想は抱いていない。しかし、被爆体験を語り継ぐことが永遠にできなくなる前に、日本とアメリカの狭間で生きてきた被爆の実体験が、若い人たちへの貴重な情報として有効に活用されてほしいと願っている。(おわり)

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