禎子さんの折り鶴2羽を寄贈:遺族ら平和教育プログラムも

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全米日系人博物館で開かれた禎子さんの折り鶴の贈呈式。佐々木雅弘さん(中央)と祐滋さん(右)からキムラ館長(左)に手渡された

全米日系人博物館で開かれた禎子さんの折り鶴の贈呈式。佐々木雅弘さん(中央)と祐滋さん(右)からキムラ館長(左)に手渡された

 広島で被爆し、白血病を発症した佐々木禎子さんが回復を願って病床で折った折り鶴2羽が先月末、全米日系人博物館と寛容の博物館にそれぞれ寄贈された。折り鶴を手渡した禎子さんの遺族で実兄の佐々木雅弘さんらは、平和教育プログラムを通し小中高校などを講演して回り、禎子さんの思いやりの心を語り継ぎ、平和を訴えた。【永田 潤】

 このたびの平和教育プログラムは、5月27日から7日間行われた短編映画「折鶴2015」(曽原三友紀監督)のロサンゼルス公開に合わせて実施された。映画は、禎子さんの物語を授業で学んだロサンゼルスのマーマン学校の小学生たちが、千羽鶴を折り世界に平和を発信するというもの。禎子さんは、広島の平和記念公園内の「原爆の子の像」のモデルである。その12歳という短い生涯は、日本のみならず米国を含む世界約50カ国で紹介され、教材として授業で使われている。
 禎子さんの遺作を携え来米した雅弘さんは、次男の祐滋さん(禎子さんの甥)と、広島と長崎の原爆投下を命じたトルーマン元大統領の孫のクリフトン・トルーマン・ダニエルさん、曽原監督とともに、各所を回り「禎子スピリット」を伝えた。

思いやって「心の終戦」を
佐々木雅弘さん

 雅弘さんは、今回の教育プログラムで4校を回り「思いやりは、周りに小さな平和を作り、大きな(世界)平和につながる」と語りかけた。折り鶴を生徒と一緒に折ったことで「心が通じたと思う」と話し、充実したプログラムを終えた。切望する世界平和は、子どもへの教育が最も重要だとし「次のアメリカを担う子どもたちに、思いやりの心が芽生えたら、日本とアメリカの子どもたちが、思いやりでつながり、この時初めて『心の終戦』が訪れる。平和の世が来ることを切に願いたい」と力説する。

全米日系人博物館のグレッグ・キムラ館長(左)に禎子さんの折り鶴を手渡す佐々木雅弘さん

全米日系人博物館のグレッグ・キムラ館長(左)に禎子さんの折り鶴を手渡す佐々木雅弘さん

 折り鶴を寄贈した両博物館について「両方とも戦争により、むごい目に逢った事実を伝えている。差別、戦争をしてはならないという思いで一致している。禎子の折り鶴を通して、平和を伝えてくれることを確信する」
 雅弘さんは、禎子さんとともに爆心地から1・6キロの自宅の食卓で被爆した。被爆者、そして平和活動家の立場から、現職の米大統領として初めて広島を訪れたオバマ氏について「画期的なこと。原爆を投下した国の代表であるオバマ大統領が、あらゆる困難を乗り越えて調整して、広島を訪問し心から感謝したい」。自身の平和活動の励みになるとし「言葉の壁、国の政策の対立を乗り越えるために、ダニエルさんと世界に向けて頑張っている。何にも変えがたい膨大な力をもらった」と称賛。「オバマ大統領の訪問は、世界に向け核兵器廃絶の第一歩が記された」と、歴史的訪問を歓迎した。
 オバマ大統領が平和記念資料館で、禎子さんの折り鶴に関心を持ち、また自作の折り鶴4羽を寄贈したことを知り「禎子の折り鶴は、平和の象徴なので、大統領自身も平和を込めて折ったと思う。これにより、アメリカ国民が折り鶴を完全に認識し、世界があの4羽の鶴のメッセージを感じてほしい。禎子も喜んでいるだろう」と喜んだ。
 原爆投下に関し、日米で認識の違いを感じるものの「両国民の考え方の違い」とし、「本当の終戦とは、『心の終戦』が訪れた時である。過去の恨みはどうでもいい。憎み合わず、恩讐を乗り越えればいい」と意見を述べ、「政府間の歩み寄りの第一歩を築いたのがオバマ大統領。今度は安倍首相の番。パールハーバーを訪れてほしい」と、期待を寄せた。

570A0934折り鶴贈り、融和図る
佐々木祐滋さん

 「『ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ』と日本側から声を発すると、米側は『リメンバー・パールハーバー』と返ってきた」。意見のぶつかり合いを目の当たりにした祐滋さんは、融和を図るため真珠湾のUSSアリゾナ記念館へ、禎子さんの折り鶴を贈ることを思いつき、ダニエルさんと力を合わせ実現させた。
 本職はシンガーソングライターで、代表作「祈り」など命をテーマにした作品が多い。被爆2世、そして語り部2世としての活動に使命感を持ち「戦争体験者と被爆者がいなくなる日は、いつか必ず来る。きちっとバトンをもらってないと、風化するので、それが怖い。次の世代に伝える側として、ずっと頑張っていきたい」と、意欲を示している。

佐々木さんの活動に共鳴
クリフトン・ダニエルさん

 ダニエルさんは、佐々木さん父子の呼びかけに応え、米国での活動の支援を継続する。禎子さんの物語を知ったのは、息子が小学校の授業で習ったからだといい、教育の重要性に力を込める。今回も各所の学校を巡回し「サダコの思いと、平和を伝動することができ意義深かった」と語った。

平和教育の重要性に力を込めるダニエルさん

平和教育の重要性に力を込めるダニエルさん

 オバマ大統領の広島訪問について「歴代の駐日大使が式典に出席することで道筋をつけ、今回の訪問につながった」とした上で「オバマ大統領のヒロシマ訪問は、適切な行為だったと思う。日米両国民の死を悼みながら、世界に向け核兵器廃絶に強烈なメッセージを送った」と評価した。
 オバマ氏の後任である将来の大統領の被爆地訪問について「(原爆の日の)平和記念式典に毎年ではなくても2、3年に1度参列するのもいい考えだと思う。そう思えるのは、今回オバマ大統領が訪問したからこそであり、それぐらい歴史的な訪問だった。ヒロシマに次ぐ、ナガサキ訪問が待ち望まれる」と、期待をかけた。一般の米国民の心情を察して「多くの人民は、オバマ大統領とともに、原爆犠牲者を追悼したことだろう。大統領のヒロシマ訪問に誇りを持つべきだ」と考えを示した。
 オバマ大統領のスピーチで謝罪がなかったことに対し「適切だったと思う。差別によるホロコーストの収容者への扱いに対し、ヒロシマは戦争に関連しているので大きく違う」と強調。さらに「『謝ること』に関し、日米で意味が異なることを私は知っている。日本人も大統領の謝罪がなかったことを理解しているだろう」と語った。

LAにNPO設立へ
サダコレガシー、世界へ拡大

 佐々木さん親子は、雅弘さんが理事長を務めるNPO「サダコレガシー」で平和活動を継続しており、「世界の一人ひとりが思いやる心を持てば、戦争は起きない」という禎子さんが抱いた「禎子スピリット」を広めている。
 佐々木さんは、ダニエルさんの協力を得て、サダコレガシーを母体とするNPOをロサンゼルスで年内に立ち上げることを滞米中に発表し、支部的役割の団体を世界の各地に広げる意向を示した。祐滋さんによると、海外初のNPO設置をLAに決めた理由は、2羽の禎子鶴を寄贈したことと、協力者の日本人・日系人、そして広島・長崎の被爆者が多く住むことを挙げている。
 雅弘さんは活動内容について「教育サミットをメインにしたい。日米の教員が話し合い、その後は日米の学生などと、さまざまな世代が交流するようにしたい。最終目標は、日米の教員が合同で、平和を学ぶ教科書作成ができればいい」と、計画を練る。
 佐々木さんの要望を快諾したダニエルさんは「サダコレガシーの団体設立は、いいこと。喜んで手伝いたい。教育者、その後は生徒の教育に務めるのは、いい考えだ」と賛同する。


寄贈折り鶴、永久保存へ
館長「力強い思いを感じる」

 全米日系人博物館に寄贈された禎子さんの折り鶴は、縦横1インチほどと小さい。雅弘さんによると、この折り鶴は禎子さんが最後の思いを込め、渾身の力を振り絞って折った力作だという。

全米日系人博物館に寄贈され、永久保存される禎子さんの折り鶴

全米日系人博物館に寄贈され、永久保存される禎子さんの折り鶴

 雅弘さんは「禎子は、優しい心、思いやりの大切さを自分の命を懸けて教えてくれた」と語り、「寄贈した折り鶴の使命は、命の大切さと、今生きていることへ感謝する意味を感じてもらうために贈られた」と説いた。
 グレッグ・キムラ館長は、禎子さんの折り鶴について「サイズはとても小さいが、小さな少女が折った力強い思いが込められている」と述べ、永久保存する考えを示した。
 同博物館では、折り鶴が寄贈された同日から折り紙展が開幕した。一般に公開される禎子さんの折り鶴は「パーフェクトのタイミングで寄贈された」などと、関係者の喜びの声が聞かれた。

禎子さんの思いを伝える
曽原三友紀監督

実話とミックスし映画制作
 曽原監督が、映画の制作を思い立ったのは、当地の学校で真珠湾攻撃の歴史を学んだ日本人の友人の娘が級友からいじめに遭い、立ち直ることができなかったからだという。「戦後70年もたった今も気まずい思いをしている」と、涙ながらに訴える。
 真珠湾記念館で開かれた禎子さんの折り鶴寄贈式に立ち合った同攻撃の生存者である元米海軍兵が寄贈のお返しに、星条旗柄の紙で折った折り鶴を遺族の佐々木家にプレゼントしたことに感銘を受けた。「言葉が通じなくても、鶴と鶴でつながり、心の修復ができた。これを子どもに見せれば、ハートが伝わる」と確信。映画制作に取り入れた。

禎子さんの思いを伝える曽原監督

禎子さんの思いを伝える曽原監督

 また、25年前にニューメキシコ州ロスアラモスの子どもたちが成し遂げた偉業もヒントにした。禎子さんについて授業で習った子どもたちが、建てた平和祈念の碑がある。世界の子どもたちに呼びかけて1ドルずつの基金を集め、完成させた実話と知り「原爆が作られた町(ロスアラモス)の子どもたちが平和の碑を作ったと聞いてびっくりした。その話と禎子さんの思いをミックスさせて、アメリカ人の子どもたちが世界に平和を発信するストーリーにしたいと思った」
 映画制作では「戦争関連は、日本人が作ると押し付けになってしまう」と感じ、注意を払った。学校でのいじめを提起しながら、教育と国際間の友情に焦点を絞り、平和教育にうまくつなげた。女性そして、2児の母親としての監督の姿勢はぶれず、優しさで包んだ作品は、原爆や反核、反戦などは一切見当たらない。
 撮影で実際に子どもたちが折った千羽鶴は、ホワイトハウスに贈った。広島を訪れた大統領が、自作の折り鶴を平和資料館に寄贈したことについて「『思いが届いた』と、勝手に理解した」という。さらに、「グッドタイミングだった」という、映画公開の初日と大統領の広島訪問日が重なりその他、信じがたい幾多の偶然が幸運を呼び「禎子さんのパワーを感じた気がした」
 教育プログラムでは、「訪れる前に禎子さんの本を読んで『予習』したり、訪問後に授業で折り鶴を折る学校があり、やりがいを感じた」と喜ぶ。映画の評価はやはり、教育界から「教材として見せたい」などと反響を呼び、地元の小中学校や大学、ハワイの3団体、中東の日本語教師などからも上映についての問い合わせがあるという。
 前作の「はんなり」では、芸子の「おもてなしの心」を、今回は禎子さんの「思いやりの心」を描いた。どちらも「アメリカ人に日本人の『心』を伝えることができた」と胸を張る。

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