都市のスポンジ化

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 スポンジ化とは何だろうと興味を持つと、それは今、日本の都心でたくさんの空き家がそのまま放置されている現象を指しているのだそうだ。
 昨年暮れ日本に帰国した時、住宅街を歩いていると、草ぼうぼうになり、荒れ果てた住宅があちこち目に付いて、驚いた。横浜郊外の平均的住宅街であった。友人から聞いた話では、田園調布など昔は一等地といわれていたお屋敷街でさえ、放置された空き家が目立つというのだからますます驚く。
 理由は税法にあるらしい。親から遺産として受け継いだ子供が高い相続税を払えない、老朽化し、修理費や維持費がかさむ家に住むより、駅前の新築高層コンドのほうが便利である、という理由だ。家屋を壊して更地にすると税金が高く、放置したほうが税金が低いとなれば、人々の選択は分かり切ったことだ。
 一方で、大都市周辺では、外国から投資目的でマンションの一室を買い占め、多くが空き家になっているという。夜になると無人のマンションが不気味で治安上の問題を生み出す。こんな話を聞くと、人が集中するニューヨークや東京などの大都会で、家賃を払うためだけに気のすすまぬ仕事に就いている若い人がたくさんいることも脳裏をかすめる。
 日本中で起こっている一極集中化現象がシャッター通りという閉鎖した商店街を生み、一箇所に過剰に集中した人口のニーズに行政が対応できない現実がある。山手線沿いの各駅から見えた林立する高層コンドの風景は、急激に変化する日本を象徴しているのかもしれない。
 アメリカも世界も同じ流れにあるのだろうが、まだ大陸の多様性に守られ、個人が住みたい場所、就きたい職業、生きたい生活スタイルを選択できる余裕がある。しかし、ハイテクの想像以上の進化で、われわれの日常生活は大きく変わりつつある。それぞれの民族が二十一世紀を費やして築いた豊かな文化や多様な価値観が、世界的に平均化している。多様であるから面白かった世界が消えようとしているのではないか。多様性を維持しながら、地球全体を守るという大きな使命がわれわれの上に、今、のしかかっている。【萩野千鶴子】

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