沖縄本土復帰45周年祝う:県に縁の100人が出席

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在ロサンゼルス日本総領事館

沖縄の本土復帰45周年を祝い、乾杯する参加者

 在ロサンゼルス日本総領事館は、沖縄の本土復帰45周年を祝うレセプションを12日、総領事公邸で催した。南加在住の沖縄出身者や琉球文化継承者、かつて駐留した米軍経験者とその家族など、沖縄県に縁のある約100人が出席し、琉球國祭り太鼓を披露して、沖縄料理を振る舞い、泡盛で祝杯を挙げた。

 あいさつに立った千葉明総領事は、沖縄の本土復帰は安倍首相の祖父岸信介氏の弟である当時の佐藤栄作首相が、政治生命をかけて決断したとし、佐藤首相の声明「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦後は終わらない」を紹介。本土復帰を実現させた功績により、首相がノーベル平和賞を受賞したことも付け加えた。
 総領事は、日本の真珠湾攻撃後、硫黄島の戦い、沖縄の地上戦など太平洋上での激戦を挙げ「日本は降伏後、米国との関係修復に腐心した結果、関係は著しく改善された」とし、日米両国が恩讐を超えたことを強調。「過ちを繰り返さないために、歴史から学ぶことができる」と主張し「人類は、70年以上も前の敵対的で悲惨な憎悪の歴史のみならず、戦後一貫し積極的に苦心を重ねた歴史と真っ向から向き合うべきである」と述べた。

加州議会から北米沖縄県人会への表彰。左から千葉総領事、ムラツチ・加州下院議員、カミヤ北米沖縄県人会会長

 総領事によると、父千葉一夫氏は沖縄が攻撃を受けた際に、海軍の士官候補生として東京で米軍の無線傍受を担当していたという。戦後、外交官となり北米課長だった際の沖縄返還では、交渉課長を務めた。返還交渉を主導した一夫氏をNHKが取り上げ、ドラマを制作し8月に放映する予定。
 沖縄は日本領に復帰し45年が経過したが依然、米軍基地問題を抱える。総領事は「基地の負担軽減は、極めて重要な課題」とする一方で、北朝鮮によるミサイル実験により米朝間で緊張が高まり「東アジア情勢を考えると、基地の役割があるので、日本の安全保障環境を改善し、少しでも基地の負担を減らしたい」と語った。尖閣諸島の領有権を巡る中国、台湾の主張に反論し「まったく根拠はないことで、日本は引き続き戦っていく」。日米同盟については、東日本大震災で米軍が「トモダチ作戦」を展開し支援した好例を示し「日米の絆はすでに強いが、それをますます強固にしたい」と、抱負を述べた。
 沖縄で生まれ育ったアル・ムラツチ・カリフォルニア州下院議員が祝辞を述べ、乾杯の音頭をとったエディ・カミヤ北米沖縄県人会会長はウチナーグチ(沖縄語)で「沖縄の人々の長寿と、沖縄の未来の発展を祈りたい」と前途を祝した。席上、沖縄県人会の南加での沖縄のプロモーションの貢献に対し、ムラツチ議員から、カミヤ会長に表彰状が贈られた。
 会場には、沖縄の返還時前後の写真と、本土復帰当日の1972年5月15日付夕刊のコピーが展示された。写真は、東京での調印式や沖縄での復帰記念式典、新日本円からのB円(軍票)への切り換え作業(48年)、「悲願の母国日本への即時復帰」を掲げた署名の運動員ら(51年)、アイゼンハワー米大統領の沖縄来訪時の歓迎と抗議の群衆(60年)、復帰処理の最大の事業といわれた自動車の右側通行の最後の日(78年7月29日)と左側通行開始の日(同7月30日)の対比など。沖縄出身者は、感慨に浸るように見ていた。文化関連では三線や琉球漆器などが飾られた。

三線や琉球漆器を観賞する参加者

 12歳で渡米するまで沖縄で暮らした徳永愛子さんは、米国統治時代を「戦後間もない時期に、アメリカの兵隊をよく見た。日本の国旗を立てることができなかったことを覚えている」と振り返った。本土復帰後の78年に帰省した時は「日本に戻ったと実感し、感激した」という。ちょうどその時に、車の通行が左右反対になり、「歴史の目撃者」となったといい「すべての信号がカバーされていて、次の日に逆方向の通行になり、人々は戸惑っていた」と話した。今でもウチナーンチュの魂を持ち続けているといい、沖縄が果たす日米関係について「米軍基地の問題を解決し、交換学生や文化交流を進めればいい」と意見を述べた。
 沖縄・中城出身の比嘉愽子さんは、返還後の沖縄について「アメリカの植民地時代よりも何でも手に入り、すごくぜいたくになって『ちむぐくる』(助け合い精神)などの昔の沖縄の優しい心が失われてしまった」と嘆く。沖縄と米国の今後のつき合いについては「(米軍基地など)いろんな問題があるので…」と言葉に詰りながら「沖縄の人は内向的なので、島の外に出るべき」と話した。
 カミヤ県人会長は、日本国外の当地で本土復帰記念を祝うことを喜ぶ一方で、日本の対中、対北朝鮮の関係悪化を憂い「やはり平和がいい」と願う。母県と南加を結ぶ県人会の活動は「沖縄移民の子孫が仲良くし、沖縄文化を継承、紹介することで、地域社会と米国国家、沖縄のためになるようにしたい」と語った。
 この日、県人会の芸能部に所属する若者メンバーが祭り太鼓を演奏した。その1人で沖縄系4世クリスティーン・ヤマウチさんは、同記念祝賀について「日本とアメリカは今は、姉妹国のように仲がいいが、日本がかつてアメリカに占領されていたことをほとんどのアメリカ人が知らないので、とてもいいこと」と話した。沖縄系の若者のアイデンティティーについて「アメリカ、特にロサンゼルスでは、世代が移り変わるにつれて、人々は先祖の祖国と自分のルーツを忘れてしまう」と指摘し「太鼓やエイサー、琉球舞踊など豊かな文化がここにはあるので、沖縄文化を軸に団結を維持できればいい」と抱負を述べた。【永田潤、写真も】

沖縄県人会による琉球國祭り太鼓の演奏

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