知覚と記憶

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 もの忘れがひどくなった。なにかを取りに行ってすぐ思い出せないのはしょっちゅうだし、知人と昔話をしていて過去の事柄が記憶からすっかり抜けていたりする。時間の経過に対する感覚も曖昧になってきていて、つい数年前のように感じる事柄が実は10年、20年前のことだったり、3年前に起こったことがずっと昔に感じたりする。ただ何かのきっかけでずっと昔の、しかもすっかり記憶から消えていたことがありありと蘇ってくることがある。
 その人が以前愛聴していた音楽を認知症患者に聴かせたら、それまで無気力でいろいろなことにほとんど反応しなくなっていた患者が生き生きとした、との記事を読んだ。ラジオから流れてくる懐メロを久しぶりに聴いて、何十年も前のことがありありと蘇ってきたといった経験は誰にでもあると思う。聴覚が脳内の記憶に反応して起こるのだが、臭覚や味覚でも以前の記憶が蘇ってくることを何度か経験した。
 視聴味臭触の人間の五感の中でも臭覚は特に本能に直結しているようで、以前の体験をリアルに蘇らせる力がある。
 アメリカに住みはじめて1年以上経ち、初めての雨が降ったとき部屋の中に吊るしてあった洗濯物の匂いが、日本の実家で干してあった洗濯物の匂いを思い起こさせ、一気にフラッシュバックした。またすれ違い際にその人が付けていたコロンが、以前の友人が使っていたものと同じで懐かしさを味わうとともに、当時の記憶がまざまざと蘇ってきたりする。
 三島由紀夫が切腹に向かう日の朝に書き上げた「豊饒の海」の最終章で、主人公の本田が半世紀以上たって知人の和尚と再会する。和尚が夏の日差しを浴びた庭を見せながら「記憶と言うてもな、映るはずもない遠すぎるものを映しもすれば、それを近いもののように見せもすれば、幻のような眼鏡のやうなものやさかいに」と本多に語りかける。二十歳そこそこだった当時「自分のしたことくらいしっかり覚えている」と思ったが、それから50年近くを経た今ではこの人生の記憶ですら、その前後が不確かになっている自分に気付く今日この頃だ。【清水一路】

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