葛藤を乗り越え美声を響かせる:ソプラノソリスト熊坂真里さん

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将来が嘱望される熊坂真里さん

 ディズニーホールを埋めた観客をその美しい歌声で魅了した熊坂真里さん。ソプラノソリストとして、「Bridge to Joy」ベートーベン第九交響曲合唱に今夏、東京から参加した。声楽家を目指したきっかけや現在までの道のり、今後の抱負について話を聞いた。【清水一路】

 熊坂さんは2014年にアラタニ劇場で開かれた「LA Daiku」主催の「新年第九演奏会」でもソプラノソロを担当。ロサンゼルスは3年ぶり、2回目のパフォーマンスだ。
 「最初に興味を持ったのは、小学校のブラスバンドで演奏したサックスでした」。福島県で生まれ、幼い頃にピアノを習い音楽に親しんでいたものの、最初にのめり込んだのは、なんとサクソホン。高校までの9年間ほど吹き続けた。「なので、今でもジャズは聴きますし、サックスは好きです」
 声楽とサックスという、ちょっとユニークな組み合わせに戸惑っていると「でも今思い返してみると小学校の頃、音楽のクラスでシューベルトの「鱒」を聴いて気に入り、先生からCDを借りてコピーして毎日聴いていたほど好きになりましたね」と、ソプラノ歌手としての原点がやっと見えてきた。

ディズニーホールで美しい歌声を披露した熊坂真里さん

 大学進学にあたり音楽の教師を目指したが、周りにサックスの指導者が見つからず、いまの師匠との出会いもあって「歌なら今から始めても遅くはない」と思い立ち、国立音楽大で声楽を専攻することを決めた。大学に入ったものの周りには音楽の知識を豊富に持った人が多く、自信喪失。1年生の後半には音楽をあきらめ、他の大学へ転校し公務員になる道も真剣に考えたという。同大学院に進むが、卒業を控えた頃にも不安の芽は頭をもたげてくる。
 「ここまでがんばったんだから…と自分を励まし」、二期会(声楽家団体)へ入会するが、メンバーが多く、歌うチャンスになかなか恵まれず、スランプに陥った。そんな時、教員の欠員があるとのことで、1年契約で教職に就くことになる。憧れた音楽教師だったが、週7日勤務。2つの部活も受け持たなくてはならず、体調を崩してしまうが、契約の1年はなんとか果たした。
 「私は結構ボ〜ッとしている性格なんですが、幸運なことにアルトを歌っている友人がいて、私の人生を動かす情報を持ってきてくれるんです。その友人のすすめで2012年に新国立劇場の合唱団の試験を受け合格したんです」
 同年、その友人から鳴門(徳島県)の第九演奏のソリストのオーディションを知らされ、2人揃って応募し「私は受かったんです」。この2013年の鳴門の第九は、LA Daikuの音楽ディレクター兼指揮者のジェフリー・バーンスタイン氏が指揮を務め、このつながりから14年アラタニ劇場の新年第九、そして今回の「Bridge to Joy」のソリストとしての起用となった。「こうして海外の人たちの空気に触れられるのはとても良い刺激になりますし、良い経験なので今後もチャンスをつかんで行きたいです」
 お気に入りの曲を尋ねると「第九は大好きですね。でもベートーベンは、声楽的というよりは器楽的に書いているようで、音の跳びが広かったりで、たいへんだと皆さんおっしゃいますね」「最近はドイツ歌曲が好きで、シューベルトやリヒャルト・シュトラウスなどが好きです。マーラーもとても気に入っています。あとモーツアルトが好きです。シンプルで無駄がなくて」
 今後歌いたい曲は「フォーレのレクイエムをもう1度チャレンジしたいんです」と意欲をみせる。「以前発表会で『ピェ・イエズ』を歌った時、リハーサルでは神がかり的に気持ちよく演奏できたのに、本番では息がうまくできず思うように歌えなかったんです。なのでもう一度満足のいくように歌ってみたいです」と、なんとか雪辱を果たしたいそうだ。
 「オペラではリヒャルト・シュトラウスの『薔薇の騎士』」と答えながら、ニコッと浮かべた笑顔には、さらに大きな未来への期待を見つめる輝く瞳があった。一歩一歩、確実に大器に近づいていく熊坂真里さん。これからもその美しい歌声を世界中に響き渡らせて下さい。

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