若き日のカズオ・イシグロ

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 今年のノーベル文学賞発表に驚いた。かつて取材を通して身近に感じた作家の受賞だったから。
 1989年10月、既に英国の人気作家だったカズオ・イシグロさんは、第3作『ザ・リメインズ・オブ・ザ・デー』売り込みで、カナダ・アメリカを訪れた。シアトルは、目の回るような毎日だったというニューヨーク3日間の直後。
 彼にとってほっと息つく機会だったらしい。インタビューは、「シアトルは、人までがのんびりしているように思えます」との感想から始まった。
 当時35歳。大きな眼鏡をかけた細身の若手作家のインタビューは、ホテルの一室で行われた。日本人の両親のもとに長崎で生まれたが、5歳の時に父親の仕事の関係で一家は英国に移り住む。「1年間だけの滞在のつもりだったそうですが、そのまま長くなりました」。両親とは日本語で会話するものの、「僕のは5歳の子供の日本語ですから」とインタビューは英語で。
 作家への道は、音楽から始まった。「14歳から20歳ころまでは、ロック・ミュージシャンになりたいと、ギターを演奏し作詞作曲に情熱を注いでいました。作詞をして詞の持つ影響の大きさを感じているうちに、短編を書くようになり、そして第一作へと…」
 「尊敬する作家は、カフカ、ドストエフスキー、チェーホフです。日本のものでは、小説より映画に興味を持ち、小津安二郎の作品なんかいいなと思います」
 処女作、2作目と続けて権威ある賞を受賞して臨んだ3作目だった。大学卒業後は、ソーシャルワーカーとして勤務したこともある。
 「受賞後ということでプレッシャーはありましたが、同時に経済的な余裕も生まれ、時間をかけることができました」。構想に2年、執筆に1年かけた作品は、英国文学最高のブッカー賞を受賞。その後、映画化もされた。
 私はその夜催された朗読会に、東京生まれアメリカ育ちの高校生の長男を連れて行った。幼くして移った異国で大きく育ち、花開いた作家への敬意を込めて。
 カズオ・イシグロさん、ノーベル文学賞受賞おめでとう。【楠瀬明子】

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