デビュー10周年、決意新たに:本家青森との絆、いっそう固く

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南加ねぶた囃子保存会

2015年のハリウッド・クリスマスパレードに初参加したロサンゼルスねぶた囃子保存会と青森・菱友会のメンバーら

力強い演奏を披露し、太鼓の音は小東京の夜空に響いた

 2007年夏、日本から海を渡り、大トリを務めた二世週祭のグランドパレードで小東京の夜を彩った青森ねぶた。その威風堂々とした勇姿に魅せられて結成し、翌年のパレードに参加した「南加ねぶた囃子保存会」が、デビュー10年目の新年を迎えた。めでたさの中でも、メンバーは浮かれず「気を引き締めて、稽古により励む」などと、決意を新たにする。三位一体となる活動母体の「南加青森県人会」、そして本家青森ねぶた祭の「菱友会」との固い絆をいっそう強め、「ラッセラー」の掛け声とともに培った「ロサンゼルスねぶた」を発展させる。【永田 潤】

 その年の二世週祭は、静かに幕を閉じた。だが、ねぶたの興奮を抑えることができなかった人たちがいた。青森県人会元会長の豊島年昭さんと、ねぶた招致にかかわった有志らが中心となり、すぐさま同年秋にねぶた囃子保存会を設立。初代会長に豊島さんが就いた。

昨年の2台目のねぶた制作で、紙貼りを行うメンバー

 「見よう見まねのよちよち歩き」(豊島さん)からの活動は、日米文化会館内の一室や和菓子店「三河屋」の倉庫を借りてスタート。楽器の数は不足し、太鼓はポリバケツや樽を代用し、叩いていたという。足りなかったのはもう一つ、演奏の技術だった。そこで、青森から囃子指導者2人を呼び、形を作っていった。
 囃子会は、ねぶたフロートが「不在」でも、二世週祭のパレードに毎年欠かさず参加。コミュニティーのメンバーが制作した小さな金魚ねぶたや子供ねぶたの脇で、太鼓を打ち、鉦を鳴らし、笛を吹き、「ラッセラー」と雄叫びを上げるハネトとともに熱のこもったパフォーマンスを披露してきた。さらに、日本文化の紹介イベントや物産展にも呼ばれて演じ、郷土文化の紹介に努めた。
 活発な活動とは裏腹に、大きなねぶたがないことに、メンバーは物足りなさを感じていたという。こうしたハングリー精神一つで支えた活動に、大きな転機が訪れる。2014年、豊島会長が私財を投じて青森県人の活動のための会館を購入。そこでは、水を得た魚のように、思う存分練習に打ち込み、楽器も保管できるようになった。そして、最大の喜びは、ねぶたフロートの所有だ。青森から2度、竹浪比呂央・ねぶた師らを招いて会館内で制作。紙貼りを任されたメンバーは協力し団結を強め「自分たちが手伝って作った」と誇りを抱き、ねぶたへの愛着は無論、高まった。

二世週祭のパレードで、練習の成果を発揮する囃子保存会の笛の演奏

 1台目のねぶたを二世週祭で運行させ、会館に保管していた。だが「このまま置いておくのは、もったいない」と、メンバーは口を揃え「いざ、ハリウッド!」を合い言葉に、クリスマスパレードに15年から3年続けて参加。レッドカーペットを堂々と練り歩き、10万人を超す観衆を魅了した。青森からの囃子の加勢で、勢いは増し、両者の絆は強まる一方だ。青森側は「ロサンゼルスねぶた」として育ててほしい、と敬意を表している。
 青森の郷土文化発信の重要な拠点を担う会館。購入当初は、「倉庫」などと揶揄されたというが、メンバーの熱意と、中型ねぶた2台と楽器という宝がぎっしりと詰まった「宝庫」となった。二世週祭のパレードの出発点にわずか1ブロックという「一等地」から、今年は初の2台そろっての「出陣」を目指す。

豊島年昭・ねぶた囃子保存会会長
二世週祭に2台、小東京に恩返し

 二世ウィークが、アメリカのねぶたの原点。二世ウィークがなければ、ねぶたもなかった。二世ウィークで温めた文化とパワーをハリウッド(パレード)に持って行っているだけ。二世ウィークありきのハリウッド。

二世週祭のパレードでは、笛と太鼓を元気に演奏する豊島年昭会長

 竹浪さん(ねぶたの制作者)は、日系社会と小東京、LAねぶたの発展の願いを込めて作ったので、一回り大きくなった新型と前回の2台とも二世ウィークに出したい。2台固まって出たら、迫力がもっと出る。また違った迫力のある派手なイメージが沸いてくる。客が驚くイメージも沸いてきて、今から楽しい。
 個人的には、38年間もリトル東京でビジネスさせてもらったお礼を込めたい。メンバーもそう、日本人はみんなリトル東京にお世話になっている。愛嬌を振りまき、みんなに元気を与える。感謝の気持ちを表し、がんばりたい。日本人町なのでハリウッドよりもお辞儀(ねぶたを上下に動かす所作)は多い感じがすると思う。
 最初のねぶた(2007年)がなくなってから、囃子だけで出ていたが、何かつまらなかった。「何か物体を動かそう」とみんなが思っていた。ねぶたの制作を頼む時は、何ができるんだろう? 何に生まれ変わるんだろう? という夢がある。作って形ができれば、それはそれは、もう金額に替えられない喜びが出て来る。メンバーも見ている人もワーワーと喜ぶと、なおさら。ワクワクする気持ちで、2台になってしまった。でも、ねぶたを出して動かすのに、正直こんなにスポンサーがいるとは思わなかった。

LAねぶたの個性を出す
青森の期待に応えたい

2015年のハリウッドパレードで提灯持ちを務める豊島会長

 青森の実行委員会から「ロサンゼルスのねぶたは、青森ねぶたではありません。『ロサンゼルスねぶた』です」と言ってもらい、恐縮するけどうれしい。
 本場の青森ではやらない動きをやっているので、驚かれている。ねぶたの進行と回転速度は速く、お辞儀の回数も多い。青森は、重いねぶたをゆっくりと動かすのが基本。それに対し、われわれは周りが騒ぐと、調子に乗せられて、速くなってしまう。運行前に「ゆっくり見せよう」と確認するのに、ついつい癖が出てしまう。ハネトも青森とリズムが違い、お客さんのすぐ近くまで寄って跳ねて、サービスする。青森からは、独自にどんどん発展させてほしい、と期待されているので、みんなで新しいことを考えたい。
 ハリウッドパレードは、独自性を披露する格好の場だと思う。レッドカーペットがあり、ひな壇があるので、ねぶたの動きも激しくなり、みんなが張り切る。3回出たので場慣れして、お客さんに見せるエンターテインの仕方も随分、良くなった。昨年は新型だったので、新たな気持ちで臨めた。提灯持ち、ねぶたの引き手、ハネト、囃子、みんな良かった。各自が役割を果たして、賑やかに演じてくれた。ハリウッドで新しいことに取り組みたい。

菱友会30周年を祝いに行く
本場で学んで持ち帰る

 青森から毎回、提灯持ち、囃子、ハネトなど、応援に来てもらっていて、とても心強い。来年は、たいへんお世話になっている菱友会(青森三菱系グループのねぶた祭囃子会)が30周年を迎えてもう、招待されている。本場の祭にアメリカンスタイルでいいのか? また、どこまで通用するのか? 不安もあって分からないけど、それまでに恥をかかせず、失礼のないように腕を磨きたい。
 青森からいつも来てもらうだけでは、交流にならない。ぜひ、みんなで行きたい。みんなに本物の祭を見てもらいたい。参加したチャンスを生かして、本場の動き、本場のリズムを一生懸命勉強してもらいたい、それを持って帰ってもらいたい。

祭の血が騒ぐ
恐ろしいねぶたパワー

 ねぶたは、11年やって来て、いつやっても、その時期になると、年齢を問わずに皆、血が騒いでくる。みんなで団結すると、年を忘れ若返ってくる。それは二世ウィーク、ハリウッドどちらも。二世ウィークは、日本人町でやるので、「見せなきゃ」いう感じがする。ハリウッドはまだ3年なので、緊張していて責任感があり、ゲストのような感じ。

2015年の二世週祭のパレードに参加し、ねぶた祭を成功に導き胴上げされ宙を舞う「ねぶたの大将」の豊島・囃子保存会会長

 ねぶた囃子は、子供の頃は見ていただけで、携われるものとは思っていなかったので憧れがあった。今は、中に入って、鉦は鳴らせる、笛は吹ける、太鼓は叩ける喜びがある。子供の頃の夢が大人になっていや、おじいさんになって叶い、童心に帰った喜びがある。田舎(郷里)の連中にも言っているのは「今になって子供のころのことができた」と。メンバーのみんなも同じ気持ちだと思う。みんなテレビでしか見たことがなかったことを誇りを持ってやっている。
 囃子方は県外のメンバーが多く、青森県人でなくても楽しめる。それがまた、盛り上がる。今まで練習に顔を出していなかった人も、祭が近づくと突然表れ「今まで何してたんだ」と冷やかされながらも歓迎され、みんな騒ぎ出す。こんなねぶたのパワーの恐ろしさにいつも驚かされる。
 2台に増えたので、メンバーも増やして賑やかにしたい。ハネトによってねぶたが生きるから。囃子の練習は月2回、第1、第3土曜の昼1時から4時まで。「客に見せ満足させよう」「ああしよう、こうしよう」と、みんながアイデアを出して教え合う。ぜひ一度、見に来て参加してほしい。みんなで騒ごう。

林均・青森菱友会ねぶた祭実行委員長
青森に刺激を与えてほしい

中型ねぶた「津軽海峡 義経渡海」の台上げ式で、酒をかけて清める林さん

 アメリカのねぶたは、青森のものではない。アメリカと、日系社会と、リトル東京のものなので「ロサンゼルスねぶた」である。特に、私が昨年初めて参加したハリウッドは、青森のねぶたではないと実感した。LAねぶたは、二世ウィークとハリウッドの2回できるのが強みで魅力的。
 青森ねぶたの海外との交流はLAだけで、現地に青森県人会があって、夏に二世ウィークがあるからこそ、関係が続いていて敬意を表したい。ハリウッドは、また違ったねぶたの楽しみ方があるので、応援したい気持ちがあり、ロサンゼルスねぶたを盛り上げるつもりで、毎回参加している。
 LAならではのねぶたを作ってほしい。ハネトも自由に、青森にはできないことをここではできるはず。ねぶたは、無形民俗文化財に指定されていて、決まり事があるのは、あくまで青森で運行するから。LAは自由にやって、LAらしいねぶたに独自に育てて、進化させてほしい。でも進化させてはならないのは、囃子とハネトの掛け声。これは、ねぶたの基本。それ以外は何をやってもいい。

ねぶたの台上げ式で祝杯を挙げる(左から)林さん、竹浪さん、奈良さん。2105年8月

 ある意味、青森ねぶた祭が昔やっていたものが、二世ウィークとハリウッドに残っている。ロープがなく、縛り(決まり)がなく、みんな自由に楽しくやっている。青森も昔は、みんなが自由で、お客さんも自然に参加していた。アメリカのねぶた祭が、青森に逆に伝われば「昔はこういう、ねぶただったんだ」と、昔の人が見れば懐かしむはず。青森のねぶたに刺激を与えてほしい。

ハリウッドに祭の原点を見る
青森に伝えるLAのねぶた熱

 周りを楽しませるために、自分たちも楽しくやるのが、本来の祭。それが、ハリウッドのパレードにはあり、みんなが生き生きしている。青森のわれわれには新鮮さがあり懐かしい。日本で失われつつある、祭の原点を見た感じがする。
 ねぶたはエネルギッシュで、ハネトにパワーがあって5キロの長いコースを休まず跳ねて、久しぶりに感動した。沿道にあれだけ多くのお客さんがいるので、もう少しハネトを増やせば、もっと魅力的なLAねぶたになるはず。レッドカーペットは、初めての経験で思い出になった。快感を味わったので、また来年もっと多くで参加したい。

昨年のハリウッドパレード前夜に青森県人会館で行われた出陣式で、演奏を披露し、盛り上がるロサンゼルス、青森、東京の3囃子会

 日本に帰って、こちらで青森県人が頑張ってハリウッドにねぶたを出していることを市民に伝えたい。アメリカ生まれのねぶたが、ハリウッドに参加することだけでもすごいのに、レッドカーペットを歩くのは素晴らしい。ねぶた熱を見させてもらって、青森はもっと頑張らなきゃと思った。

自信持ってやってほしい
LAねぶたの支援続ける

 LA囃子会のデビュー10周年おめでとう。10年という長い期間で頑張っているので、非常に上達した。音も良くなって、恥ずかしくない。だから、自信を持ってやってもらいたい。できれば、もっといろんな人たちを巻き込んで人を増やさないと、長く続ける上で、同じメンバーだけれでやるのは厳しい。
 自分たちのねぶた祭だと、自信を持ってもらいたい。もっとうまくなれば逆に、青森から勉強しに来る時が来るかもしれない。その時を楽しみにしている。来年、われわれ菱友会が30周年なので、LAの人たちが青森に来てもらいたい。青森からは、二世週祭とハリウッドの両方に参加したい。青森としては、LAねぶたを支援し続けたい。

奈良佳緒里・青森県人会顧問
みんなで叫ぼう「ラッセラー!」

二世週祭のグランドパレードで鉦を鳴らす南加青森県人会顧問の奈良佳緒里さん。2013年撮影

 囃子は、信じられないほど成長した。最初は自信がなく、不安だったので、囃子の先生2人を青森から呼んで習った。上達は「まあまあ」だったけど、3、4年経って上手になるうちに、みんながどんどん本気になって、調子に乗ってきた。
 10年という年月をかけて、ちゃんと音が出せるようになり、今は聴いていて安心できる。本当にうまくなった。日本から来た先生に「うまくなったね」と誉められるようになって、本当にうれしい。大したもん。
 最初は練習する場所がなかったので、よそで借りてやっていたけど、会館ができたことが大きい。精神的に「青森県人会の中で」という自覚、本気さが出てきて、みんなの意識が改まった。

自分たちの祭になった
みんなで作った総合芸術

 二世ウィークに参加し始めた頃は、ただの「お祭り騒ぎ」だった。二世ウィークの「ヘルプ」、二世ウィークに「花を添える」感じだった。だけど、ねぶた師を呼んで、作ってもらってからまた、みんなの気持ちの中に、ねぶたに対する愛着が出てきて、本気度が増した。うれしい。太鼓、笛、鉦、そしてねぶたが揃ったことで、自分たちの祭になった。感謝する。

青森市観光大使のたすきを着け、二世週祭のパレードで提灯持ちとして参加する奈良さん

 親方の豊島さんと、みんなは土曜の休みというのに、遠くから車に乗って時間をかけて練習に来る。祭はこうやって、ハネト、笛、鉦、太鼓、引き手、扇子持ちのみんな一人ひとりが、担いで作り上げる総合芸術だと思う。誰のものでもない、彼のものでもない、一人ひとりが認識してこそ、できるもの。今は、みんなが燃えるハリウッドパレードも加わったので、ますます本気になっている。

これからが本番
気を抜かず前進

 私は県人会長の時から青森に何度も、あいさつに行き、こちらの気持ちを伝えた。(ねぶた師の)竹浪さんから「みんなが本気になりましたね。頑張って花を咲かせましたね」と言われた。いい関係を作り達成感を持って会長を辞めたけど、次の若い人たちに脈々と受け継いでもらわなければならない。豊島さんと同時に青森市から観光大使に任命されたので、もっと、もっと、頑張る。
 青森の人からは「LAねぶた」と言ってもらっている。うれしいけど、これからが本番。気を抜かずに、咲かせた花を枯らさないように、前に進めなければならない。ねぶたが2台になったので、もっともっと人が必要。県人会は、県外出身の人が多いが、誰が入ろうが関係ない。大勢参加してほしい。そして、みんなで叫ぼう「ラッセラー!」

県人会会館に集結し、バスに乗って「いざ!ハリウッド」


ハリウッドパレード出陣に向け、円陣を組み団結するハネト


ハリウッドパレードのレッドカーペットを堂々と練り歩くLA囃子会。2015年11月撮影


昨年、ハリウッドデビューを飾った新型ねぶた「公時」

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