ともに一児の母の日本人芸術家:枠にとらわれず創作活動

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田中香菜さんの作品
Thinking Globally in Human Scale

 ともに90年代から活動している2人の芸術家。共通点は、愛知県出身、女性、息子1人を育てる母親ということ。そしてもう一つ一致するのは、彼女たちの創作活動が、それらの枠組みに一切とらわれないところだ。陶芸を中心に創作する飯田陽子さんは「自分らしさは作品から自ずと滲み出るもの」と捉える。あえて意識せず、自然に現れるもの。パブリックアートでガラスのインスタレーションに取り組む田中香菜さんは「伝統的なもの日本的なものからの自己解放」に向き合ってきた。2人の道のりと今、そしてこれからを取材した。【麻生美重】

ガラスを自在に操る田中香菜さん
セ氏1100度は勝負の温度

ガラスを自由に操るアーティスト、田中香菜さん。香菜さんの作品は各地の公共施設やギャラリー、個人の邸宅を飾り、見る人を圧倒させる。20年近くベイエリアを拠点に活動を続けている香菜さんのスタジオを訪れ、一人の小柄な日本人女性が作り出すガラスの世界を体験した。

ソラノ郡の公共施設を飾る
of Capturing a moment

コンセプトが公募で採用

 北カリフォルニア、ソラノ郡のガバメントセンター正面ホール。高さ42フィートの天井から扇型に吊るされたガラスアート。前方ガラス張りのエントランスを飾るその作品は、建物の外からもその迫力がうかがえる。このパブリックアートは、2005年に香菜さんが手がけたもの。このほど香菜さん本人が、1500個以上あるガラスの球を一つ一つ磨き、12年ぶりに輝きを取り戻したばかりだ。
 パブリックアートとは公共施設を飾る美術作品のこと。多くは公募で作品を募り、書類選考、プレゼンテーションなどを経て、採用に至る。ソラノ郡の公募は地元在住アーティストを対象に実施された。香菜さんはリサーチを重ね、ソラノの歴史、地形、土地柄を徹底研究。提案書が採用され、最終選考では著名なアーティストとの一騎打ち。コミュニティを第一に捉えたコンセプトが採用された。

1個ずつ、ていねいに手作りされたAqueous Seriesの一つ

ガラスと向き合い20年以上

 セ氏1100度以上の高温で溶かしたガラスを手早く切り分け金属型に入れる。特注のツールを使いワイヤーを通す穴を開ける。ここが香菜さんのガラスアートの勝負どころだ。
 学生時代から知る友人の工房でアシスタント一人を雇い、3人で進める流れ作業は、集中力とあうんの呼吸、リズミカルな空気がみなぎる中で進む。一歩間違えば大やけど。一度釜に火を入れたら、一気に作ってしまわなければコストもかさむ。密度の高いガラスとツールを持ち続ける作業は、体力との勝負でもある。
 「ガラスアーティストは、画家や工芸家などに比べると活動期間が短い。体力が続かなくなるのです」
 学生時代ガラスを始めて4年後にけんしょう炎を患った。長い棒を長時間握ってガラスを吹く作業を繰り返したことによる。この時以来、コンセプトで勝負する作品に方向を変えた。結果、20年以上ガラスと向き合い続けることができている。
 
方向性の決定

 以前は活動の場も多岐に渡った。舞踏演劇とのコラボレーションでは、2階からバーナーでガラスをあぶって溶かし、ダンサーのいる舞台中央まで糸のように何本も垂らしていくパフォーマンスを披露した。直径0・1ミリほどの非常に細いガラスの糸。その長さを操ることができるのだ。
 ギャラリーアートの発注を受けて、同じ作品を作り続けたこともあった。やがて、その商業的な活動に意味を見いだせなくなった。
 「舞台は数回、ギャラリー展示も数ヶ月で終わってしまう。パブリックアートに転向したのは、より多くの人に長い期間見てもらえるから」
 コンペの最終で落とされ、うまく結果が得られないこともある。それでも顔を上げ、先を見つめてパブリックアートへの挑戦を続ける。

自然界の現象をガラスアートに
「鑑賞者に『発見』をもたらしたい」

 香菜さんは愛知県出身。愛知教育大学へ進学後、ガラスの世界へ入った。当時の恩師に勧められ、オハイオの大学へ留学。大学院はロードアイランド・スクール・オブ・デザインで過ごし、卒業後1年して、北カリフォルニアにスタジオを構えた。

下から見た
Thinking Globally in Human Scale

 「ガラスには光が必要です。日照時間の長いカリフォルニアは作品を展示するにも最適」
ベイエリアを選んだのにも理由がある。「生まれ故郷と地形が似ているから。海があってすぐ近くに山がある」
 自然とともにあることが香菜さんの創造を導き出す。
 香菜さんのスタジオは広い敷地の一角にある天井の高いロフトスタイルだ。スタジオに入るや否や、天井から下がっている作品に圧倒される。いくつものガラスの塊がワイヤーで繋がれて弛んだ状態のまま光を帯びて輝いている。取材当時はオープンスタジオの催しがあったばかり。そこでの香菜さんの作風は、たっぷりと丸いものが多く、ガラスのイメージとしてありがちな、冷たさや尖った印象とはかけ離れている。そのまま自然界に存在しそうなものばかりだ。香菜さんはそれをこう表現する。
「自然界にある現象を誇張して見せて、人に『発見』をもたらしたい」
例えるなら、巨大な水滴、一瞬止まった雨の雫、触れられる雪の結晶、または光。それらは香菜さんの作るガラスによって可能になる。
 窓ガラスにはめ込まれた作品は太陽の光を十分に集めて光を放ち、とても神聖な場所にいる錯覚をもたらす。ガラスの力によって自然の美しさを知る。『発見』を与えられた瞬間だった。

原子記号のついた作品を見上げる香奈さん

ノーベル賞化学者寄贈の図書館へ採用
子どもたちのための色ガラスも

 サンフランシスコの北東、バークレーから約9マイルの街ラファイエット。木々に囲まれたこの人口2万4千人ほどのベッドタウンに3階建ての図書館がある。
 1951年にノーベル化学賞を受賞したカリフォルニア大学バークレー校のグレン・シーボーグ教授。彼が亡くなるまでの47年間暮らした街がラファイエットだ。シーボーグ教授の功績を後世に残そうと、シーボーグ財団からの寄付でこの図書館が作られた。
 施設内に設置されるアート作品のコンペティションは加州の芸術家を対象に実施された。予算規模は8万2千ドル。市民の投票によって図書館正面玄関とテラスへ飾る2作品が選出された。テラス部門の受賞者となった香菜さんは当時を振り返り次のように語った。
 「児童図書コーナーからつながるスペースなので、子どもたちが楽しめるようカラフルにするつもりだった。化学者の財団からの寄付ということもあり、その分野とも関連を持たせた。頭上になるよう設置した作品には、ガラス板に原子記号をつけ、子どもが対象なので柔らかいイメージになるよう、円盤状に形作った」
 緩やかなカーブを描くフレームに沿って色ガラスの板が舞うデザインは「街の近くを流れる川をイメージ」したという。
 もう一種類のオブジェは、子どもの背の高さに設置されたガラスの作品。覗くと世界が反転する面白さに満ちている。ガラスを通して見える世界は子どもたちに好奇心を抱かせる。
  子どもたちが楽しく過ごせる空間があることで、大人も施設を利用しやすくなる。教育に熱心なラファイエット市民は、期待どおりの図書館を手に入れた。

覗くと世界が反転する面白さに満ちた作品


来春開館するヘイワード図書

香菜さんの最新作は今年春にオープンするヘイワード21世紀図書館ヘリテージプラザの高さ60フィートから展示される1000個仕様の作品「クリスタル」。このほど作品の箱詰めが完了し、今月中旬の設置に向けて準備が整ったところだ。香菜さんはサンフランシスコの湾東アラメダ郡で工事が進む図書館を訪れ、ヘルメット姿で作業に参加する。香菜さんの制作したヘイワード図書館へのプロポーザル資料が公開されている。詳しくは
www.haywardlibrary.org

www.kanatanaka.com

一方向から見ると、人間の形が浮き彫りになる
Thinking Globally in Human Scale

「伝える」指導法の飯田陽子さん 名門アートスクールで教壇に

 パサデナのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインは、アート、デザイン分野を志す学生が目指す芸術の名門校。学部と大学院の両方で幅広い学科を設け、近年はキャンパスの敷地面積も拡大している。世界中から留学生が集まる、国際色豊かで自由な学風だ。
 アートセンターの統合教科課程で基本となる素材の実技を教える飯田陽子さん。自身もここを卒業し、USCの大学院へ進んだ後、芸術家となった。母校で教べんを執り始めて5年が経つ。教え子が巣立つこの季節。「頑張ったね」という万感の思いが飯田さんの胸を満たしている。大学での教授と自身の創作を両立する飯田さんに話を聞いた。

生徒の作品を鑑賞する陽子さん

 ローズボウルの西の丘にあるヒルサイドキャンパス。建築家のクレイグ・エルウッドのデザインしたその「橋型」の校舎の南方付近に、飯田さんの教える実技クラスがある。大きな黒板の前にゆったりと立つ飯田さんの前には、男女合わせて13人ほどの生徒が席を並べている。
 教師の話を聞いてノートを取る、いわゆる授業スタイルではなく、実技がメイン。飯田さんが生徒に声をかけると、作業を中断し教師を取り囲んだ。配布された資料は音楽家のジョン・ケージによる「生徒と教師のための10のルール」。飯田さんは落ち着いた声で、このルールについての自身の思いを伝える。
 飯田さんのクラスの運営方法は「教える」ではなく「伝える」。自身の培ってきた芸術的知識、経験、事象に対する思い、哲学、世界を、とつとつと飾らない言葉で伝える。

「生徒と教師のルール」

ルール「信頼できる場所を見つけなさい、そしてしばらくの間はその場所を信頼するよう努めなさい」

 飯田さんのアシスタントを今学期初めて務めたカティ・ティーグさん(26)。このクラスについて次のように語った。「陽子はとてもオープンマインドな先生。その素材を使うことによってどんな効果があるか、それが作品にどんな影響を与えるかといったスキルを教えてくれる」
 生徒のアリアナ・パチーノさん(19)は言う。「陽子はとても穏やかな人。素材についての知識も豊富で、クラスの中でも外でも協力を惜しまない。この学科には必要な先生」
 飯田さんのクラスは生徒が「信頼できる場所」。将来、独り立ちできるよう促す、そういう役割を果たしている。

学期最後の授業で生徒に囲まれる陽子さん

ルール「生徒は教師や他の生徒から何でも引っ張り出しなさい。教師は自分の生徒から何でも引っ張り出しなさい

 飯田さんの実技クラスでは、生徒が同じ素材を使いテーマに沿って作品を作ることから始まり、学期が進むにつれ自由に制作するようになる。その過程で素材の選択が不十分なものが出てくる。飯田さんはそういう生徒に助言をする。
 生徒の一人、ロジャー・フエンテエスさん(28)は言う。「陽子の助言は的を射ている。話しやすいし、質問したら、こういうのはどうかと提案してくれる」
 常に柔軟な姿勢で、生徒の声を聞く努力をする。生徒と同じ目線にいながらさまざまな視点を持つ飯田さんは、自分から与えるだけでなく、多くを生徒たちから引き出そうとしているように見える。
  
ルール「唯一のルール、それは創作すること。創作を続けていれば、やがて何かにたどり着く。常に努力し創作するものは、やがて何かをつかむ。ファンはだませても、奏者はだませない」

 飯田さんは9学期間を学生として学部で過ごした。教師として教壇に立ってからはその倍近くの16学期が過ぎた。並行して、自身も陶芸の創作活動を継続し、年に数回ギャラリーでの展示会も開いている。飯田さんの陶芸作品は、自然な落ち着きがある一方で、個性的、存在感の認められるものが多い。色合いはスモーキーな緑やグレー、青、オフホワイトが中心。ナチュラルなインテリアや庭先がよく似合う。
 大学院を出た後、飯田さんは「滞在型の芸術家支援制度」を利用し、世界各地を回る。2カ月ほどの滞在中に作り上げた作品を、地元のギャラリーで展示するというものだ。フィンランド、ノルウェー、ノルウェー、出身地の愛知県など、各地で高い評価を得る。受賞も続き、キャリアはステップアップした。
 

陽子さんの作品は、鑑賞する側に想像力を与える。

ルール「創作と批評を同時にしないこと。それらは別のプロセスだ」
 
 家族の転勤で高校生の時に渡米した。英語が苦手でも楽しめるアートに目覚め、美大を志すが、家族の反対に合い大学進学のため帰国。卒業後は新聞社に就職し、事業部で美術展や生け花展などを担当する。催事や展覧会で一流のものに触れるうち、自身の創作への思いがさらに強まった。心を決めた飯田さんは、余暇を利用して完成させた作品をポートフォリオにまとめアートセンターへ出願する。幸運にも合格の返事が来た。高額な学費で知られるアートセンター。奨学金を受けながら、翻訳のバイトをして学生生活を維持した。
 「今は指導する立場だが、学生のころの気持ちもよく覚えている。創作に集中できる環境を整える手助けとなれば良いと思う。留学生のお世話や相談も担当しているので、自分の経験を生かしてサポートするようにしている」

陽子さんのアトリエで制作中の作品

ルール「いつでもできる限りハッピーで過ごしなさい。楽しみなさい。想像以上に気持ちが軽いはず」

 ケージのルール9は飯田さんが気に入っている項目だ。飯田さんの醸す軟らかさが、空間全体をハッピーなものにする。その中で生徒は、穏やかに集中力を持って創作することができるようだ。
 「教えることで初心を思い出す。新しいことをしようと思う意欲が出る。今の世代の感覚が伝わってくると同時に、今も昔も変わらないものがあることを知る」
 教えることが飯田さんの創作意欲の源となっている。

2月3日までパサデナのギャラリーで展示される作品

ルール「すべてのルール、自分が決めたルールも含めてすべて壊しなさい。未知の余白がまだたっぷりある」

 飯田さんは現在、陶芸を創作活動の中心に置いている。「土を使う理由は、難しさとその寛容さ」飯田さんは続けた。「ドローイングとして作って、そのまま形になるところが自分に向いているようです」そして、「いろいろな人が手に取りやすいところも、陶芸作品の魅力」だと感じている。カップもオブジェも一つずつ違うものとして、アート作品と捉えて制作しているという。タイトルはつけない。「未知の余白」を鑑賞する人に残してくれているかのようだ。
www.yokoiida.com

パサデナの「The Delicatessen By Osawa」で使用されている鉢

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