ジップンチンシン

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 台北駅から、それほど遠くない位置に中正紀念堂がありました。広い庭には鯉が泳ぐ池があり、リスが散歩するゆったりとした空間でした。この紀念堂は、台湾の初代総統である蒋介石氏を祀る施設で、巨大な蒋介石氏の像が帰ることのできなかった中国の方向を向いて座っていました。その階下にある展示室には、蒋介石氏の生涯や歴史が紹介されていました。その中には、佐藤栄作氏が書いた『週刊サンケイ』(1975年5月27日発行)緊急増刊号の「あゝ蒋氏を送る」という追悼文章が展示されていました。
 ここには、蒋介石が行なった「以徳報怨」の精神への感謝と、日本が行なった戦争に対する謝罪の気持ちが記されていました。「以徳報怨」とは、徳を以って怨みに報いる、という意味だそうです。この言葉を反芻すると、歴史の転換点で決断したリーダーとしての正しい行動を思い起こさせます。日本と中国、そして中国と台湾、アジアの地図を変えていく歴史の中で、リーダーがどのように未来を作ろうとしていたのかを垣間見ることができました。佐藤栄作氏の文書には、「中日戦争など、当事者双方にとってまったく益のない戦いを、なんと長期にわたって続けてきたものだろう」「アジアの将来はいったいどうなってゆくのか」という憂慮が語られていました。
 台湾で日本占領時代を経験したシニアの方々は、日本の武士道の精神を「ジップンチンシン(日本精神)」と呼びます。この言葉は、美徳の代名詞として使われているそうです。武士道のあらゆる精神が現代に適合するのかはわかりませんが、少なくとも私たちは、遠い世代から受け継いできた道徳的な精神を大切にして生きています。学校や家庭で持つべき道徳や公共的な精神などを自ら実践し、それを次の世代に受け継いできました。
 この中正紀念堂の公園の中には、桜の木が植えてある一角がありました。その傍に、海部俊樹元首相が贈った「友好の桜」という記念碑が立っていました。かつての負の歴史を、友好の歴史に変えていくことも、リーダーとしての徳を持った英断なのだ、と考えながらゆっくりと歩きました。【朝倉巨瑞】

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