平和の詩「生きる」

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 今年は終戦73年目になる。6月23日、沖縄戦末期のこの日、牛島沖縄守備軍最高司令官が自決し、沖縄の組織的戦闘が止んだ。沖縄ではこの日を慰霊の日として慰霊式典を行なっている。
 恒例の平和の詩、今年は971の応募から浦添市立湊川中学3年生の相良倫子さんの詩「生きる」が選ばれた。名前が呼ばれ、少女は晴れ渡った青空を背景に真っ直ぐに前を見つめ慰霊碑に一礼すると、ピンと背筋を伸ばして躍動感を持って堂々と演壇に歩み寄り、やおら聴衆を見回して詩の朗唱が始まった。
 「マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、心地よい湿気を孕(はら)んだ風を全身に受け…」と、自分が生きている地球・沖縄の地の描写から始まる詩は、一瞬にして場内のすべての人の心を掴んだ。媚びず恐れず若々しく凛とした声が響き渡り、風に乗って会場外でお参りする遺族たちの注意をも惹きつけた。場内には感動の涙を拭う姿がそこここに見られ、今までの進行とは違った緊張感と清冽な空気がみなぎった。「摩文仁の丘の風に吹かれ、私の命が鳴っている。過去と現在、未来の共鳴。鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。命よ響け。生きてゆく未来に。私は今を生きていく」と詩は結ばれた。
 朗唱の間、一度も原稿に目を落とすこともなく、決意と使命に満ちた目で聴衆に訴えかけた相良さん、えっ、これはこの14歳の少女の自作? この万人の胸を打つ朗唱は中学生? と驚きが走った。そしてその感動は世界に広がったのである。
 前後の県知事のスピーチも首相のスピーチも、色あせるほどの感動を与えた「生きる」。どんな場合でもあまのじゃくはいる。圧倒的な賛辞の中、14歳の少女がこんな詩を書けるはずがない、きっと誰かに手伝ってもらったのだろう、という書き込みもネットには流れた。彼女は曽祖母や生き残りの島の人たちの話を聞き、文献も読んで自分のイメージをまとめたのだろう。自作の詩であることは朗唱の映像を見れば疑う余地はない。人間には想像と創造という偉大な能力がある。こんな頼もしい少女が沖縄に育っていることに感謝せずにいられない。【若尾龍彦】

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