奄美の中学生15人が小学校訪問:児童と島唄で踊り、交流図る

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交流会のフィナーレを飾ったワイド節を踊る奄美とエルマリノの生徒たち

 鹿児島県奄美市の教育プログラムの一環として、姉妹都市提携を結ぶテキサス州のナカドーチェスに向かう往路でロサンゼルスに立ち寄った中学2年生の男女15人がこのほど、カルバーシティのエルマリノ・ランゲージスクールを訪問し、小学児童に英語で自己紹介したり、島唄に乗って一緒に踊るなどし交流した。ロサンゼルス奄美会からも歓待を受け親睦を深めた。

鹿児島の手遊びを楽しむ両国の女子生徒

 引率した同市教育委員会学校教育課の指導主事、新彰さんによると、姉妹都市交流は交換学生のホームステイなど草の根交流を発展させ今年、25周年を迎えたという。毎年5月にテキサスから5人〜10人を受け入れ、10月には奄美から15人を派遣し10日間の滞在中に授業を受け、異文化を体験し視野を広げている。今回は12校ある奄美市内の中学から希望者を募り5校から男子6人、女子9人の15人が参加。ロサンゼルス奄美会(西元和彦会長、約30会員)とは3年前から交流を始め、今回は2日間の滞在中に歓迎会に招かれ、激励を受けた。
 エルマリノ・ランゲージスクール(生徒数840人)は、公立の小学校として開校、運営され、1994年からはスペイン語と日本語の両イマージョンプログラム(他言語を媒体とし、英語以外の教科をカリフォルニア州の指導要領に沿って教える)を持つ。

三線を披露する奄美の女子生徒。左が担任の織田教諭

 同校2年担任の織田寿子教諭は、鹿児島県姶良市出身で、新任教師として奄美の沖永良部島に赴任し3年間教壇に立った。エルマリノ校での授業では、日本と鹿児島、奄美の文化を取り入れている。学園祭で生徒が島唄の「ワイド節」を踊った記事が、奄美の南海日日新聞に6月掲載され、それを読んだ新さんは「これしかない」と即、織田さんに連絡したという。校長は快諾し、今回の訪問につながった。
 「エルマリノ―奄美ワイド節友好交流会」と題したイベントは、保護者も巻き込み、生徒が和やかに交流した。
 あいさつに立った織田教諭は、「新さんに声をかけてもらい交流が実現した。これが最初で最後にしないように、これからもどんどん続けていきたい」と抱負を述べた。「今日はエルマリノの生徒と保護者、学校を挙げての歓迎、おもてなしの会なので、楽しく積極的に交流してほしい」と呼びかけた。

生徒と保護者を前に英語で自己紹介をする奄美の生徒ら(右側)

 奄美の各生徒が自己紹介し、好みの食べ物や趣味、スポーツなどを英語で堂々とスピーチした。島については、美しく輝く青い海をはじめ、島唄や大島紬、焼酎、闘牛などを写真を見せながら説明し、大きな拍手を浴びた。女子生徒が三線を演奏し盛り上がった。
 織田学級の生徒の代表が授業で習ったきれいな日本語で「これからワイド節を踊ります。みなさまの前で踊るのは緊張しますが、うれしいです」とあいさつし、生徒全員が「楽しんで下さい」と、声を合わせ踊りがスタート。奄美の生徒も加わって心を通わせ、交流会は最高潮に達した。
 「視野を広げたい」と応募した伊集院理沙子さんは、相手生徒とふれ合い「あんなに小さな子供たちが、発音よく英語を喋っていて感動した。礼儀も正しかった」と感心する。

ワイド節を踊るエルマリノの生徒と見学する奄美の生徒(手前)

「日本語は世界で2番目に覚えにくいらしいけど、みんなすごくうまくてびっくりした。頑張って覚えて将来に役立ててほしい」とエールを送った。英語での意思疎通の困難を痛感したという。将来は志望するIT関係では英語力が必要といい「頑張って勉強して自分をアップグレードさせたい。今日の体験を将来役に立てたい」と語った。
 野田翔太郎さんは「自分たちの住んでいる島のことを勉強し、踊りも踊ってくれて、とてもうれしい。そして自分たちの言葉を知ってくれているので、うれしく親近感が湧いた」。交流を満喫し「自分たちの伝統の踊りを一緒に踊って、最初は信じられなかったけど、踊るうちに海外でも楽しめることを実感した。とても歓迎されて、期待以上だった」と喜んだ。「この経験を生かして将来、日本と外国との懸け橋になれればいい」と抱負を述べた。
 生徒の交流を見守った新さんは「一緒に踊っていい交流ができた。この経験を糧に、生徒には将来の奄美市を担える人材に育ってほしい」と期待を寄せた。

交流会で食事をともにする生徒と保護者

「今回が最初で最後ではなく、何かしらの関係を継続したい」と意欲を示した。LA奄美会ついては、奄美が「結(ゆい)の島」と言われるほど、人と人のつながりが深い島であることを強調し「それを今回実感した。初めて会う奄美の先輩は、全然親戚ではないが、オファーしたら『来て下さい』と快く歓迎してくれありがたい」と謝意を表した。
 織田教諭は、奄美で過ごした新任時代を「島のみなさんの義理人情に包まれ、楽しく本当にいい思いをした。熱いおもてなし、友情に感銘を受けた」と振り返りながら、「渡米して常日頃から奄美と故郷鹿児島のために何かできないか、と考えていた」と話した。交流会が成功し「20年越しの希望が今日、ようやく実現した」と、感慨深げに述べ、日米の懸け橋役にさらなる意欲を示した。【永田潤、写真も】

三本締めで交流会を終えた


交流を図り記念撮影に納まる奄美とエルマリノの生徒たち

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